第三十三話 子供達の救出 その三

「ここだ」

「ありがとう、中に何人いるか分かるか?」

「分からない」

「そうか、ミュール、後ろに気を付けながらついて来てくれ」

「うん!」

 長い白髪の髭を生やしたドワーフが案内してくれた所には鉄製の丈夫な扉があり、そこから地下へと下りられるみたいだ。

 扉には鍵はかかっておらず、すんなりと開いてくれた。


「うっ…」

 扉を開けると、中から濃密な血の匂いが漂ってきて、思わず吐き出しそうになったがぐっと我慢した。

 ミュリエルも同様に不快感をあらわにしていた。

 一瞬、ミュリエルを連れて行かない方が良いかと思ったが、屋敷のどこに敵が潜んでいるか分からない状況で置いて行く事は出来ない。

 それに、血の匂いがしていると言う事は子供達の身に何か起こっているという証拠で、迷っている暇はない!

 私は明かりのついている地下へと続く階段を、足音を立てないように気を付けながら降りて行った。

 階段を下りて行っていると、耳を割くような悲鳴が聞こえて来た!

 私は急いで階段を下り、階段の下にあった扉を開け放って中へと飛び込んだ!


「誰だ貴様は!」

 地下の室内は明るく、等間隔にある柱で全体は分からないが、かなり広い空間であることは間違いない。

 壁や柱には血のこびりついた様々な種類の凶器が掛けてあり、いくつかあるテーブルの上には、無残にも切り刻まれた人達が転がっていた…。

 更に、床にも切り刻まれた人達が転がっていて、この光景を一言で表すなら地獄と言っていいだろう…。

 そして、その地獄の中に返り血で真っ赤に染まった男が一人立っていて、私達が突然入ってきたことに驚いていた。


「レフィー…あれ…」

 ミュリエルが震える指でさす方を見てみると、血で真っ赤に染まって横たわっている子供達の姿があった…。

 私は怒りで頭が真っ赤に染まり、槍を強く握りしめて男に突進した!


「誰だか知らぬが、その程度の腕で、この私に勝てるとでも思ったのか?」

「くそっ!」

 感情のまま突き刺した私の槍は、男が持っていた大きななたのような武器で軽くいなされてしまった挙句、左肩に一撃貰ってしまった…。

 強敵だ…冷静に…冷静にならなければ…。

 目の前にいる男が憎くて憎くて仕方ないが、男に勝つためには冷静になって相手をよく観察しなければならないと、私に戦い方を教えてくれたフォルガ村の人達の言葉が頭の中に蘇って来た。


『レイ、どんなに強くなろうと、自分より強い相手は必ずいる。

 勝てない相手から逃げられれば一番いいが、逃げられない場合もある。

 そんな時は冷静になって相手をよく観察し、最後まで諦めずに戦い続ける事が重要だ。

 そうすれば、逃げられる隙も生まれてくるだろうし、相手も面倒な相手と戦いたくは無いと思うかも知れない。

 相手も死にたくはないのだからな』


 この言葉を聞いた時は理解できなかったが、フォルガ村を出て色々な魔物や人と戦って来たから良く分かる。

 相手の男の身長は私より少し低く、裕福だからか少し太り気味だ。

 腕は意外と太く、鍛えてあるのが良く分かる。

 先程私の槍を軽くいなした技術から、相当な実力者なのは間違いない。

 それが能力によるものでは無いのは、私の母ディアリーと比べれる事で分かる。


 ディアリーの能力は、どんな刃物でも達人のように扱えると言う能力で、私が幼い頃に村に紛れ込んで来た魔物をディアリーが剣で倒した時の事はよく覚えている。

 あっという間に魔物を倒した剣捌きはとても美しく、誰もが見惚れてしまったほどだ。

 だけど、ディアリーは魔物を倒した後、普段使って無い筋肉を酷使した事でしばらく動けなくなった。

 つまり、能力に頼っていると体を鍛えるのが疎かになりがちになる。


 相手の男は少し太ってはいるが、きちんと鍛えられた体をしている。

 能力による技術ではなく、地道に研鑽を積んで来た強敵だと言うのを改めて認識した。

 相手の武器は大きめの鉈で刃先は一メートルほどあり、厚みもあって人の体を切断するのに適しているのだろう。

 しかし、戦いには不向きではある。

 付け入る隙はそこだろう。

 幸いにして、この広い部屋なら私の槍も十分に振り回せる。

 槍を長めに持ち直し、武器の優位を使わせて貰う。


「しっ!」

 相手の間合い外から、槍を鋭く突きさす!

 相手は私の槍を大きめの鉈でいなすも、踏み込んで来れてはいない。

 理由は床一面に広がっている血の海で、私も油断すれば滑って転んでしまうかも知れない。


「この状況で冷静になれるとは、なかなかものもだ。

 しかし、それだけで私には勝てぬぞ。

 ウインドカッター!」


 相手の男が左手を私に向けて、魔法を撃ち出して来た!

 この距離では魔法を躱す事は出来ず、私の体は斬り裂かれてしまった。

 魔法の威力はそこまで高くはなく、横腹の肉を切り裂いただけで致命傷では無い。

 私は魔法を撃たせないように槍を突き出しながら、少しずつ間合いを詰めていくしかなくなった。

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