第二十九話 ミュリエルの宿屋での仕事

≪ミュリエル視点≫

 宿屋の朝は早く、朝が苦手なあたいは起きるのにかなり苦労したし、もっと寝ていたかった。

 だけど、レイフィースに置いて行かれるのは嫌なので、早く起きれるように頑張った。

 朝起きてレイフィースに着替えさせてもらい、二人で一回の井戸の所に行って手と顔を洗う。

 寒くなったこの季節の水は凍りつくような冷たさで、一気に目が覚める。

 その後はレイフィースと別れ、あたいは一人で食堂の掃除を始める。


 掃除は子供のころ毎日やらされていたから自信はあったのだけれど、女将さんからすると全然できていなかったみたい。

 今は女将さんから教えられたとおりに、高い所から順番に掃除をしていく。

 半分くらい終わった所で女将さんがやって来て、残りの掃除を一気に終わらせてくれる。


 掃除が終われば朝食で、レイフィースと二人っきりでいられる少ない時間だから思いっきり甘える。

 レイフィースもこの時だけは、あたいが何を言っても甘えさせてくれる。

 甘えられて幸せな時間は短く、朝の忙しい時間に変わって行く。


「ミュリエルちゃんは今日も可愛いね!朝の定食を二つ頼むね!」

「はい、ありがとう」

 レイフィース以外の男性から褒められても嬉しくもないし、最初はとても嫌だったのだけれど、笑顔でお礼を言える位は慣れて来た。

 宿屋で働くにあたって女将さんから最初に言われたことは、失敗しても良いから笑顔だけは絶やさない事だった。

 最初は上手く笑顔を浮かべられなかったけれど、今となっては愛想笑いが板についてきた気がする…。

 朝の献立は少ないから、覚えるのは簡単だった。

 それでも一気にお客が来るから、大変なのは変わりない。

 女将さんは、あたいの倍くらいのお客から注文を取りながら、宿屋を出ていく人たちの対応も同時にやっている。

 本当にすごいと思うし、あたいももっと頑張ろうと思う。


 朝食の時間が終わると、あたいは宿泊客が出て行った部屋の掃除を始める。

 ベッドのシーツを外して回り、そのシーツを洗濯しているレイフィースの所に持って行く。

 レイフィースは手を真っ赤にしながら、冷たい水で洗濯物を洗っている…。

 辛くないかと聞いてみたけれど、能力があるから辛くないと笑顔で答えてくれた。

 実際にレイフィースの手は赤くはなっているけれど、ひび割れとかしていない綺麗な手のままだ。

 だけど、冷たくない事は絶対になくて、辛いはずだと思う。

 変わってあげたいけれど、あたいの仕事は部屋の掃除だから変わってあげることは出来ない。

 仕事が終わった後に、あたいがレイフィースの疲れた心を癒してあげようと思う。


 部屋の掃除が終われば、女将さんと二人で買い物に出かける。

 あたいは荷物持ちとしてついて行き、宿屋で足りなくなった物を女将さんは次から次に買い足していく。

 この時、食堂で使う食材も買いそろえるのだけれど、それはお店の人が宿屋まで運んでくれるのであたいが持つ必要はない。


 買い物が終わって宿屋に帰ると、やっと休憩の時間になる。

 この時はレイフィースも休憩に入り、レイフィースの作ってくれた飲み物を二人で飲みながら過ごせる。


 休憩が終わるとレイフィースは夕食の準備に入り、あたいは女将さんと一緒に宿屋の受付に入る。

 宿屋の受付自体はそんなに難しくないけれど、大切なお金を預かるので間違えないようにするのが大変だ。

 あたいはお客さんから受け取ったお金が間違えが無いか確認し、宿屋の決まり事をお客さんに説明する。

 受付は途中で一度抜け、レイフィースと一緒に夕食を食べる。

 この時はレイフィースに甘えている暇はなく、急いで食べ終えないと女将さんが夕食を食べられなくなってしまう。

 女将さんと交代し、あたいが一人で宿屋の受付をすることになる。

 この時が一番神経を使う…。

 お金を間違えないようにするのは当たり前だけれど、お客の人数を間違えないように書く事が大切になる。

 あたいでも数字くらいは書けるけれど、字は上手ではない…。

 こんな事になるなら、もっと文字の勉強をしておくべきだったと今更ながらに思う。


 一日で一番忙しい夕食の時間がやって来た。

「お姉ちゃん、こっちに酒を四杯持って来てくれ!」

「はい、ちょっと待っててください!」

 次から次へと、注文の声が掛けられる。

 あたいは注文とお客さんの顔を覚えてから厨房に注文を伝えて行き、出来上がった料理やお酒を受け取ってお客さんの所に運んでいく。

 そして食堂からお客さんが居なくなった頃には、あたいは歩けないくらいに疲れ果てている。

 レイフィースはそんなあたいを優しく抱き上げ、部屋へと連れて行ってくれる。


 部屋に戻ったあたいはレイフィースから体を拭いてもらい、一日の疲れを癒してもらう…。

 あたいがレイフィースを癒してあげないといけないと毎日思うのだけれど、疲れた体は言う事を聞いてくれない…。

 あたいに出来るのは、レイフィースを抱きしめて寝ることくらいしかない。

 レイフィースはあたいが抱きしめてあげると、いつもの優しい笑顔を浮かべてくれる。

 あたいはレイフィースのその表情を見て癒されているうちに、忙しいけれど幸せな日々がずっと続けばいいと思いながら、いつの間にか眠ってしまっている…。

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