第二十八話 美女と美食の宿屋 その三

 夕食の仕込みが終わると、少し早い夕食を頂くことになった。

 今食べておかないと遅い時間になってしまうし、お腹が空いた状態で仕事をしなくてはならなくなってしまう。


「ミュール、大変かもしれないが頑張ってくれ」

「うん、大丈夫」

 ミュリエルは慣れない仕事で少し疲れているみたいだったが、夕食を食べた事で元気になっていた。

 ミュリエルの心配より、私がしっかりと頑張らないといけないな。


 夕食時は、朝食時の比ではないくらい忙しかった。

 ルベルは手を止める事なく料理を作り続けているし、私はルベルの補佐をしながら主に飲み物を出すのを任されていた。

 次々と入ってくる注文に、ルベルは汗を拭きながらも笑顔になっていた。


「やっぱり、若い女の子が入ると注文の量が増えるな」

「それ、女将さんに聞かれると不味いのでは…」

「そうだな、今のは聞かなかったことにしてくれ」

 ルベルは苦笑いしつつ、次の料理へと取り掛かって行った。

 若い女の子はともかくとして、ミュリエルが売り上げに貢献してくれているのだとすれば嬉しい限りだ。

 私は飲み物を出した際に少し食堂の方を覗いてみると、ミュリエルが慣れないなりに頑張ってお客の相手をしている姿が見えた。

 女将さんも近くにいて手伝ってくれているし、失敗しても女将さんが補ってくれるだろう。

 ミュリエルの頑張っている姿を見て、私もさらに頑張らなくてはならないと思い仕事に戻って行った。


「これ、どこに捨てたらいいのですか?」

「あぁ、それは捨てるんじゃないんだ」

 ルベルの美味しい料理を食べ残す人は少ないが、量が多いので食べきれない人もいたりする。

 その残飯を捨てようかと思って聞いてみれば、捨てないのだと言われた。

 そして、裏口から出た所にある屋根の所に持って行くように言われた。

 私が残飯を指定された場所に持って行くと、そこにはみすぼらしい姿をした十人くらいの子供達がいた。

 私が残飯を台の上に置くと、子供達は皆で仲良く分け合って食べ始めた。

 私は急いで厨房へと戻り、ルベルに詰め寄った。


「ルベルさん、もう少し用意してあげることは出来ませんか?俺の給料を半分しにしてもいいので、お願いします!」

「…おれも食べさせてあげたい気持ちは山々だが、気休めにしかならないのは分かっているか?」

「はい…分かっていますけれど…それでも俺に出来る事はしてあげたいと思います」

「そうか、すぐ作るから子供達に待っていろと伝えて来てくれ」

「ありがとうございます!」

 気休めなのは分かっているし、私がすべての子供を助けてあげられない事も分かっている。

 だけど、目の前にお腹を空かせている子供がいたら、手を差し伸べてあげたいと思うのが人情ではないだろうか…。

 私は食べ終えて帰りかけていた子供達を呼び止め、ルベルが作ってくれた出来上がったばかりの温かな料理を食べさせてあげた。


「「「お兄ちゃん、ありがとうー」」」

 子供達は私にお礼を言って、寒空の中をどこへともなく去って行った。

 私はミュリエルの生活を支えるだけ手一杯で、持ち家さえ持っていないのに、子供達を助けるなんて馬鹿な事だと思う。

 だけど、やっぱり見て見ぬふりは出来はしない…。

 これからも、私に出来る事はやって行きたいと思う。


 明日の仕込みを手伝い、やっと仕事が終わった。

 お湯を貰って部屋に戻り、先に戻っていたミュリエルの体を奇麗に拭いてあげた。

 ミュリエルは慣れない仕事で疲れ果てて眠たそうにしていたが、接客業だから体は綺麗にしておかないといけない。

 ミュリエルの赤みを帯びた髪も奇麗に洗ってやり、しっかりと水分をふき取ってあげた。

 ミュリエルを先にベッドに寝かせ、私も体を奇麗した後で寝る事にした。


 それからひと月が経ち、私とミュリエルもすっかり仕事に慣れて来ていた。

 寒さが日増しに増す中、朝と夜には子供達にもしっかり食べさせてあげられる事が出来ていた。

 まぁ、私の給料は自分で言った通り半分に減らされてはいたが、それ以上の食事を子供達に用意してくれているのだから文句は全くない。

 それどころか寒くなるだろうからと、お客や知り合いから古着を集めてくれたりもしてくれた。

 ルベルと女将さんには感謝しかない。

 子供達も古着を貰ってとても喜んでいたし、ルベルと女将さんもその光景を見て頬を緩めていた。


「私の子供も、あんなに可愛かったんだけれどねぇ。今はどこで何をやってるのやら…」

 ルベルと女将さんの間には三人の子供がいて、三人とも成人してこの町から出て行ったそうだ。

 子供が出て行って人手不足になっていたから、私とミュリエルがここで働けるようになったと言う事だ。

 子供の代わりになっているかは分からないが、これからもしっかりと働いて仕事を覚え、将来は食堂を持てるといいなと思っていた。

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