第二十七話 美女と美食の宿屋 その二
「ミュール、起きろ」
「う、うーん…」
日も昇らないうちに目を覚まし、私に抱き着いて寝ているミュリエルを無理やり起こして急いで着替えた。
「先に行っているから、着替え終えたら下に降りて来てくれ」
「ま、まってよ~」
ミュリエルを待ってやりたかったが、仕事は待ってはくれない。
私は他の宿泊客を起こさないように気を付けながら、静かに一階へと降りて来た。
流石にまだ主人と女将さんも起きてきていないみたいで、一安心した。
上司より前に職場に着くのは、社会人として常識だからな。
せっかくミュリエルと二人で働ける仕事場を見つけたのだ。
一日目から遅刻して、辞めさせられたりしてはいけないからな。
裏の井戸に行き、水を汲んで手と顔を洗った。
冬を前にした季節で井戸の水は冷たく、しっかりと目が覚めた。
「はやいな」
「ルベルさん、おはようございます。今日からよろしくお願いします」
宿屋の主人の名前はルベルと言い、女将さんの名前はセディだ。
ルベルも私と同じように、井戸の水で手と顔を洗ってから仕事を始めるみたいだ。
「始めるぞ」
「はい!」
ルベルと私は厨房に入り、ルベルから指示を受けながら仕事を始めた。
地下の貯蔵庫から野菜と肉を運び出し、私には野菜を洗って切る作業を任された。
ルベルの方は、昨夜仕込んでいた料理の仕上げに入っている。
野菜の量は多く、結構な時間が掛かってしまったが、初めてにしては早いと褒められた。
女将さんとミュリエルもいつの間にか下りて来ていたみたいで、ミュリエルは女将さんに教わりながら食堂の掃除をしている様子だ。
姿は見えないが声だけは聞こえてきているので、しっかりやっているのだと思う。
私の方は野菜を切った後の仕事はなく、しばらくルベルの仕事を眺めているだけになった。
それでも、料理を見ているのは楽しいし色々勉強になる。
ルベルの調理方法を覚えようとしていると、ルベルから一言言われた。
「おれは能力で味付けをしているからな、あまり参考にはならんぞ」
「それでも、使ってる調味料は普通の物ですよね?」
「まぁそうだな」
味を強制的に変える能力なら私にはどのようにしても再現できない事だが、使っている調味料は普通だったので、近い味には再現できるだろう。
ルベルの料理を覚えれば、もしこの仕事を辞めるような事になっても、ミュリエルに美味しい食事を食べさせてやる事が出来るからな。
辞めるつもりは全くないが、しっかりと覚えようと思う。
「これから忙しくなるぞ」
「はい!」
窓の外が明るくなり始めた頃から、上の階で人の動く音が聞こえ始めて来た。
そろそろ食事をしに食堂に降りてくるころだろう。
私の仕事はルベルの指示に従い、皿を用意したり、ルベルが作り上げた料理を盛るだけだ。
後は、下げられてきた皿を洗うように言われた。
「日替わり定食大盛で四つ!」
「おう」
女将さんから注文を伝えられ、ルベルが料理を素早く仕上げていく。
私は決められた皿を準備して盛り付けをし、女将さんへと渡していく。
次々と注文が来て息つく暇もない。
ミュリエルが上手くやっているか心配だが、そっちに気をまわしている余裕はないな。
慣れない仕事だったが、何とか失敗することなく朝食の時間を終えた。
「よくやってくれた、朝食だ。ミュリエルの分もあるから二人で先に食ってくれ」
「ありがとうございます」
私は用意してもらった朝食を食堂に運び、ミュリエルと二人で食べる事にした。
女将さんは、宿屋から出て行くお客の対応をしているみたいだ。
まだ働いている二人に悪いと思いつつ、仕事はまだまだあるので急いで朝食を食べる事にした。
「ミュール、仕事は上手く出来たか?」
「ううん…女将さんに助けてもらってばかりだった…」
「そうか、最初はそんなもんだろう。真面目にやればすぐに慣れると思う」
「うん、頑張る」
ミュリエルが落ち込んでいたが、やはり上手く仕事が出来なかったのだろう。
ミュリエルは今まで仕事をしてなかったみたいだし無理もない。
いきなり上手く出来るとは女将さんも思っていないだろうし、真面目に頑張って行く事が大事だと思う。
食事を終えた後に待っていた仕事は、洗濯物の山だ。
これから寒くなるにつれて、辛くなる仕事だろう。
だが、その分洗濯はお金になる。
気合を入れて、洗濯物の山をかたずけることにした。
ミュリエルの方は、宿屋中の掃除みたいだ。
こちらはお湯を用意してもらっていたみたいで、そこまで辛い仕事ではないだろう。
洗濯物の山を片付けた後は、ルベルと一緒に夕食の仕込みに入った。
ミュリエルの方は、宿屋の受付を女将さんとやっているみたいだ。
ミュリエルの様子を見る余裕はないが、真面目に頑張っている事だろうし、私も精一杯頑張ろうと思う。
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