第二十六話 美女と美食の宿屋 その一

「美人の姉さん、注文お願いする」

「レフィーの馬鹿!」

 翌朝の朝食時、食堂で注文する際に女将さんを美人の姉さんと言ったら、ミュリエルに怒られてしまった…。

 ミュリエルとしては、私が他の女性を美人だと言えば面白くないのだろう。

 分かってはいるが、料理を大盛にしてもらうためには仕方がないのだ…。


「馬鹿だねぇ!彼女がいる前でそんな事を言うもんじゃ無いよ!」

 女将さんからも怒られてしまった…。

 次からは言わなくても量を増やしてやるから彼女を大切にしなと、女将さんに笑いながら言われた。

 そう言えば生前の妻も、すれ違った女性に視線を向けただけで機嫌を悪くしていた事を思い出した…。

 以前の事を想い出していれば死ぬほど辛かったが、最近はそこまで辛くはない。

 ちょっと気持ちが落ち込みはするが、ミュリエルが傍にいてくれるから落ち込む暇もない。

 私の今の心の支えになっているのは間違いなくミュリエルだし、ミュリエルにはきちんと謝らなければならないな。


「食べさせて!」

「…分かった、今回だけだぞ」

 人が見ていない所では今でも私がミュリエルに食べさせてやっていたが、人前では恥ずかしくてやっていない。

 だけど、ミュリエルに機嫌を直して貰うには食べさせてやるしかないみたいだ。


「ひゅー、見せつけてくれるね!」

「若いっていいね!」

 周囲にいた人達からからかわれてしまったが、ミュリエルの機嫌が良くなったのでいいとしよう。

 女将さんからこの町の事を聞き、仕事を斡旋してくれそうな所を紹介してもらった。

 ミュリエルと一緒に町に仕事を探しに出掛けて行くと、奴隷をよく見かけた。


「可哀そう…」

「そうだな…」

 今まで通ってきた町でもたまに奴隷を見かけてはいたが、この町は特に奴隷の数が多い。

 それだけ、隣国と違い場所にある町なのだろう。

 奴隷の殆どが、頭に角の生えた魔族と呼ばれる種族と、頑丈そうな体つきに長い髭を生やしたドワーフと呼ばれる種族だ。

 戦争で捕虜として捕まえられ、奴隷として働かされている。

 逆に、人も魔族やドワーフの国に捕らえられれば、奴隷として働かされているからお互い様だと聞いた…。

 だが、鎖でつながれ、鞭を打たれながら強制的に働かされている姿は見るに堪えない。

 足早にその場を離れ、仕事を探して歩きまわった。

 一日中仕事を探したが、ミュリエルと二人一緒に働ける仕事はなかった。

 いや、あるにはあったのだが、文字の読み書きが出来ないので採用してはもらえなかった…。

 フォルガ村では必要なかったが、町で働くには文字の読み書きが必須となってくる。

 何処かで教えてもらえるような所があればいいのだが、それも見つかりはしなかった。

 ミュリエルも落ち込んでしまっている…。

 仕事が見つかり、安定して稼げるようになれば家を借りて、ミュリエルと結婚する事が出来る。

 ミュリエルとしても、早く仕事を見つけたい所だという気持ちはよく分かる。


「また明日探そう」

「うん…」

 美女と美食の宿屋に帰って来て、二人で一緒に夕食を食べる事になった。

 女将さんに注文し、料理を持って来てもらった時に女将さんから話しかけられた。


「景気悪そうな面だねぇ。うちの料理を食って元気を出しな!」

「あ、ありがとう」

 仕事が見つからなくて落ち込んでいたのが表情に出ていたらしい。

 女将さんに背中を叩かれ励まされてしまった…。

 いけないな…。

 落ち込んでいてはミュリエルにも不安に思わせてしまう。

 私は笑顔を作り、ミュリエルと食事を始めた。

 食事を終え部屋に戻り、汗を流すためにお湯を貰いに行った時の事だった。

 厨房から細い体つきの男性がお湯を持って来てくれた際に、俺に声を掛けて来た。


「仕事を探しているんだったら、うちで働いてみるか?」

「えっ、いいのか?」

「あぁ、前働いていた奴が辞めたばかりで人手が足りなかったんだ。あんたは力も強そうだし、女の子の方は客の受けも良さそうだ。

 詳しい話はおれの仕事が終わってからするから、体を拭いたら下りて来てくれ」

「分かった」

 突如として仕事が決まりそうになり、私は喜んで部屋に戻ってミュリエルにも伝えた。


「あたいに出来るかな…」

 ミュリエルは不安そうにしていたが、いきなり難しい仕事はやらせないだろうし、大丈夫だと思う。

 私とミュリエルの体を拭いた後、一階の厨房へとやってくると、先ほど声を掛けてくれた男性と女将さんが待っていてくれた。

 四人でお客のいなくなった食堂で仕事のことについて話し合いを行い、私とミュリエルは無事にここで働けることになった。


「仕事は大変だし給料も安いが、食事と部屋はただで使わせてやる」

「ミュリエルには私が手を出させないように見張っているから、安心しておくれ」

「はい、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 給料は一日大銅貨二枚とかなり安いが、住み込みの食事付きなので悪くはない。

 それと、宿泊客から洗濯を依頼された分の半分は、私の手元に入って来る事になる。

 ハンターと違って、ミュリエルに危険が及ばない事が一番嬉しい事だ。

 さっそく明日から働くことになり、早めに寝る事にした。

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