第三章 美女と美食の宿屋

第二十五話 バラルリーズ連邦国への旅

「レフィー、喉が渇いた…」

「水場を探すから、俺の分の水を飲んでおけ」

「ありがとう」

 季節は夏真っ盛りで、長旅をするには辛い季節だ。

 真冬よりはましだが、熱中症で倒れて死ぬ危険もある。

 ミュリエルには、無理をさせない程度に休ませながら歩いている。

 それでも夏の日差しは厳しく、用意していた水筒の水もすぐになくなってしまう。

 私は水を飲まなくても死なないので、私の分は全てミュリエルに渡している。

 次の町か村に寄った際には、水筒を多めに買おうと思う。


 旅を始めて一ヶ月半が過ぎ、私とミュリエルはバラルリーズ連邦国へと入った。

 バラルリーズ連邦国は、ガイガル国、ストストール国、ドルドルズ国、ザンザル国の四国が集まってできた国で、チェルコート王国に隣接しているのはザンザル国となる。

 ザンザル国とチェルコート王国は仲が悪く、何時戦争が始まってもおかしくない状況と言われているらしい。

 私とミュリエルがザンザル国に入国する際も、厳しい審査を受ける事になった。

 チェルコート王国から逃げ出して来た事を深く追求されたく無いので、審査官に袖の下を渡して審査を軽くして貰った。


 チェルコート王国から私を知っているハンターが訪れないとも限らないので、ザンザル国に長居をするつもりはない。

 目指すのは、ザンザル国の北西にあるガイガル国だ。

 ガイガル国は軍事大国で、魔族の住むウィルテラ国と、ドワーフの住むザザリッチ国と戦争状態にあるらしい。

 その為、他の三国から戦争資金を集めていて、景気はいいそうだ。

 ハンターとして活動するつもりはもうないし、戦争の傭兵をやるつもりも無いが、人が集まればそれなりに仕事はいっぱいあるものだ。

 私とミュリエルが安全に働ける仕事も、きっとあるに違いない。

 戦争に巻き込まれる危険はあるかも知れないが、その時はミュリエルを守って全力で逃げ出すだけだ。


「やっと着いたんだ…」

「これから町を巡りながら仕事を探していこう」

 旅を始めてから約三か月、季節は秋へと差し掛かろうとしていた。

 ミュリエルにとっては大変な旅だったに違いないが、良くここまで歩いてくれたと感謝したい。

 とは言え、仕事が見つかるまでは移動を続けなければならないので、まだ旅が終わったのではない。

 ガイガル国に入った所の町で情報を集め、ミュリエルの為に三日ゆっくり休んでから他の町へと移動して行った。


「仕事があるかな?」

「あると良いな」

 訪れた町はこれで五か所目で、その前の四か所の町ではいい仕事は見つからなかった。

 いや、私とミュリエルが一緒に働ける仕事が無かっただけで、仕事自体は山ほどあった。

 私としては別々に働いても良かったのだが、ミュリエルが一緒じゃなきゃ嫌だと言うので諦めるしか無かった。

 旅に出る前にもお金の貯えはあったし、旅をしている間もお金は増え続けていた。

 だから、ミュリエルが気に入らない仕事を無理やりやらせる必要はなかったし、私も嫌な仕事をやらせたくはなかった。


「今日はここに泊まろうか」

「他の所にしない?」

「でも、美味しい食事は食べたいだろ?」

「うん…」

 ミュリエルが渋ったのは、宿屋の名前にあった。


 美女と美食の宿屋。


 勿論私は美女が気になったのでは無く、美食の方が気になったからこの宿を選んだ。

 まぁ、美女が気にならないか?と言われれば嘘になるが…美女はミュリエルで間に合っているからな。


「いらっしゃい、泊かい?それとも食事かい?」

「泊りで二人部屋をお願いする」

「二人部屋だね、大銅貨四枚だよ。食事は一階の食堂で食べられるからね。うちの料理は美味いから、他所に食べに行く前に一度食べてくれると嬉しいね」

「分かった、夕食は食べに行く」

 宿屋の女将さんは太っていて、美女には見えなかったな…。

 女将さんに代金を支払い、鍵を受け取ってミュリエルと共に二階の部屋に入って行った。


「ベッドが二つ…」

「まぁ、二人部屋だからそうだろう」

 ミュリエルがベッドが二つあるのを気にしていた。

 どうせ一緒に寝る事になるだろから一人部屋でも良かったのだが、お金にも余裕があるし、何より一人部屋に二人と言えば宿屋の女将さんもいい気はしないだろう。

 私がベッドにゴロンと寝転がると、ミュリエルも私の横に寄り添って寝転がって来た。

 二人で少し仮眠をとり、食事を食べに一階の食堂へとやって来た。


「席が空いてない…」

「待つしかないな」

 美食の宿屋と言うだけあって、食堂には大勢のお客が押し寄せていた。

 行列とまでは行かないまでも、数人待ってからやっと席につけた。


「お勧めの料理を大盛りで二人分頼む」

「うちはお酒も美味いけれどいらないかい?」

「お酒は要らないけれど、美味しい飲み物があればお願いする」

「ちょっと待ってな」

 注文を取ってくれたのは宿屋の受付をしてくれた太った女将さんで、やはり美女はいなかった。

 しかし、料理が来るのを待っていると、美女が誰だか分かった。


「美女の姉さん、お酒お代わり!」

「はーい」

 返事をしたのは太った女将さんで、他のお客も女将さんを美女の姉さんと呼んでいた。

 あれか、昔は美女だったと言う話だろう。

 女将さんの顔を細くすると、なるほど…美女に見えなくもないな。

 それともう一つ、美女の姉さんと呼ぶと、料理とお酒の量が増えるみたいだな。

 今日は駄目だったが、次からは美女の姉さんと呼ぶ事にしようと思う。

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