第六話 隔離生活 その二

 私が少女の看病を始めて五日が経った頃、少女の熱もようやく平熱に下がっていた。

 パンも食べられるようになり、私の分のパンも食べるくらいに食欲も戻っていた。

 まだ少し咳はしているが、悪化する事はもうないだろう。

 しかしだ…。

 いまだに食事は私が食べさせているし、着替えから便所のお世話まで要求してくるのは、どういった心境なのだろう…。

 もう起き上がれる体力は戻っているだろうが、ずいぶんと甘えてくる。

 私としては妹ステイリーの代わりにではないが、罪滅ぼし的な理由でお世話をすることはやぶさかではない。

 ただ…名前も知らない見ず知らずの男に甘えるのは、年頃の少女としてはいかがなものか?と心配してしまう。

 もう少女も頷いたり首を振るだけではなく、会話もできるだろう。

 そう思って、私は寝ている少女の横に座り、今更ながら挨拶をすることにした。


「俺の名はレイフィース、フォルガ村の出身で村が疫病に襲われ全滅し、一人だけ生き残った者でここに入れられた」

 少女が相手だったからだろうか、それとも、妹ステイリーのように面倒を見ていたからなのか、素直に村で起こった事を話す事が出来た。


「あたい…わたしの名はミュリエル…です。わたしも…フォルガ村に商人の付き添いで行ったことで病気になり…ここに入れられました…」

「あっ…」

 確かに、病気が蔓延している時に行商人が来て、私が追い返していた。

 その際には柵越しで顔を見ていず、私が大声を出して帰って貰ったのを思い出した。

 その時の声は、女の声だったようなのを微かに覚えていた。


「あの…あたい…わたしも…死ぬんでしょうか?」

「いいや、そんな事は無い!村の人達は咳などしていなかったし、熱も下がらずに死んだから、君は村の病気とは関係ない!

 だから、安心して欲しい!」

「本当…ですか?」

「うん、熱も下がったし食欲も出て来ただろう?回復に向かっているから、気に病むことは全くない!」

「………」

 少女…ミュリエルは私の言葉で安心したのか、私に背中を向けて眠ってしまった。

 そうか…そうだよな。

 あの時は確か、村に死人が出ている事も商人に伝え、誰も近づかないようにコルチリ村の人に伝えてくれ!と言った記憶がある。

 ミュリエルもその病気になったと思い、死を覚悟していたのだ。

 それなら、死ぬ前に知らない誰かであっても、思いっきり甘えたいと思う気持ちになったのだろう。

 その後も、なぜだか私に甘えて来たが、私の言葉が信じられなかったのかもしれない。

 完治するまで、ミュリエルの希望通りに甘えさせてあげる事にした。


 隔離されてから六日後、初めて柵の外にいる人からミュリエルの事を聞かれた。

 どうやら、ミュリエルの隔離日数が過ぎたらしい。


「彼女はまだ咳を少ししているから、俺と一緒の時くらいが良いかもしれない」

「分かった、そうさせて貰う」

 ミュリエルには悪いが、完治していない状況では、またここに入れられてしまうかもしれない。

 私の判断で申し訳ないが、ミュリエルが本当に村の疫病と違うとは言い切れない。

 ただ言える事は、ミュリエルが死ぬことはないだろうと言う事だけだ。


「ミュリエル、もう少ししたらここから出られるようになるので、食事を一杯食べて病気を完全に治しておこう」

「うん……でも、本当に全部食べていいの?」

「構わない、俺はこの通り元気だからな!」

 ミュリエルは、私の分の食事まで食べきるほど元気になっていた。

 私もお腹が空いていないとは言わないが、ここにいる間は洗濯くらいしか運動はしないし、数日食べなくても何も問題はない。

 そもそも、私は神様から不死と言う呪いを受けている身であって、食べなくとも死ぬことはないはずだ。

 こんな所で神様から受けた呪いが役に立つとは、思いもよらなかった…。


「でも…やっぱりレイフィース…さんも、食べないと…」

「じゃぁ、半分だけ食べるよ」

 ミュリエルも全部食べるのは悪いと思ったのか、最後に残ったパンを私に譲ってくれた。

 私はパンを半分食べ、残りはミュリエルに食べさせてあげた。


 隔離されてから九日目の夕方に、明日の朝開放するから荷物をまとめておけと、柵の外にいる人から教えてもらえた。

 私がミュリエルにもその事を伝えると、ミュリエルは俯いて長いこと考えこんでいた…。

 暗くなり始めた頃に、ミュリエルに寝ようと声を掛けた所、ミュリエルから小さな声で返事が来た。


「…責任取って」

「えっ?」

「責任取って、責任取って、責任取って、責任取って、責任取って、責任取って、責任取って、責任取って、責任取って、責任取って…」

「ちょ、ちょっと待て!」

 ミュリエルが繰り返し、繰り返し、私に責任取れと迫って来た。

 何の責任か意味が分からず、ひとまずミュリエルを落ち着かせてから改めて聞いてみた。


「あたい…わたしの全てを見た…その責任を取って欲しい…」

「あぁ~それは…病気の看病のため仕方なく…見た事は謝るし…忘れるからさ」

「駄目…もうお嫁にいけない…うわぁぁぁぁん」

「うっ…」

 ミュリエルは顔を両手で多い、泣き出してしまった。

 確かに私はミュリエルの裸も、用をたすところも見てしまった。

 全てを見たというのは噓ではない。

 男なら覚悟を決めて、責任を取る所だろう。

 しかし、私には神様から与えられた罰を行わなければならなく、ミュリエルと結婚する余裕はどこにもない。

 それに、家も仕事もお金も何も無い状況では、家庭など持つことは不可能だ。

 だが、ミュリエルの泣き声は徐々に大きくなってきている。

 柵の外にいる人にも、聞こえてしまいそうだ…。


「分かった、責任はとる…」

「ほ、本当に?」

「本当だ、しかし、俺は家も仕事もお金もない。仕事を持ち、家を建てた後でなら責任を取ってやる。

 それでもいいなら、ミュリエルの好きにしたらいい」

「うん…わかった…」

 ミュリエルは納得してくれたのか、やっと泣き止んでくれた。

 私はほっと一息つき、精神的に疲れ果ててミュリエルの横に寝転んだ…。

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