5-3.興味のなさをひた隠し

 デュナミスとエクスロスは、一切交流がないというわけではない。神話によればエクスロスはエクスーシアとマカリオスの間に生まれた神であるし、デュナミスはマカリオスが産んだ神であるので、一応は兄弟神ということになるのだろう。そして、デュナミスの妻はシュガテールで、エクスロスの愛人もまたシュガテールであるので、この神々はシュガテールを挟んで争ったとも言われている。

 神話によらずとも、デュナミスが鍛冶かじ生業なりわいとし、エクスロスが武器を手に戦うことを生業なりわいとするのだから、当然そこには関係性がある。デュナミスが生産する武器の売り先というのは、主にエクスロス、そしてエクスロスと同じく戦の神を奉じるディアノイアだ。

 多くの兵士を抱えるということは、それだけ武器を消費するということである。つまりそういう点において、エクスロスはデュナミスのと言えるだろう。

 ただ、シンネフィアはデュナミスの当主という立場ではあれど、実際に相手の顔を見て商売をしているわけではない。その辺りの職人が関わるところについてはダウロスに任せている部分であり、ダウロスがエマティノスと交流を持ったのもそこからなのだろうとは思っている。

 エクスロスの当主であるエマティノス・エクスロスの噂は耳に入ってきているものの、シンネフィアは直接顔を合わせたことがなかった。そもそもシンネフィアは足が悪いことから、外に出ることも滅多にない。岩山の上にある屋敷から降りるのも難儀する身の上であるのだし、降りられないことに不自由を感じることもなかった。そういうことはできる人間に任せればいい、それがシンネフィアの持論だ。

 とはいえ今回ばかりは、そんなことを言っていられない。一応貴族の中にも序列はあり、ダウロスと親しいと言っても相手は当主だ。わざわざ訪ねてきた他の領地の当主を客間に押し込めて放置していました、では、あまりにも外聞が悪い。

 ひとつ息を吐いてから、シンネフィアは目の前の扉を叩く。中から聞こえてきた許可の声は、思っていたよりも低かった。

「失礼いたします」

 車輪付きの椅子は、平坦な地面を進む分には困らない。あまりにでこぼこした道は進みづらく、さすがに外では使えないが、屋敷の中ならばそれで十分に動き回れた。

 姿を見せたシンネフィアに、エマティノスは驚いた様子を見せなかった。このように車輪付きの椅子に座ったまま現れれば、何も知らない相手は驚いた様子も見せる。実際のところ驚いているのを顔に出さなかっただけかもしれないが、そもそもシンネフィアが足の悪い当主だということは巷に流布している噂であるし、ダウロスから聞いてもいる可能性もある。

 ひとまずは及第点、などと他人に点数をつけるのは失礼なのかもしれないが、相手の見極めは必要だ。

「足が悪いものですから、座ったままで失礼いたします。私、ダウロスの姉でシンネフィア・デュナミスと申します。今ダウロスは少し出ておりまして、戻るまで私がお相手いたしますわ。ご容赦くださいませ」

「エマティノス・エクスロスだ。ダウロスから話は聞いている」

「あら……それは一体どのようなお話しなのか、気になるところですわね」

 エマティノスが立ち上がろうとしたのを制してから、シンネフィアは椅子を進ませる。デュナミスは裕福とは言い難いというより、食糧生産にとぼしいために屋敷を飾り付けるとかそういうことよりも食糧に金を使う。そのため客間の中も質素としか言い様はないが、おそらくはエクスロスも大差ないだろう。

 さすがに立ち上がってエマティノスの腰かけているソファの向かいにあるソファに腰かけるのは難儀する。だから、そのまま車輪つきの椅子に座っていることにした。

「このままで、失礼しますわ。いつもダウロスの面倒を見てくださっているようで、感謝しておりますの」

 真実そうかは分からずとも、シンネフィアはそう口にした。確かエマティノスはダウロスよりも五つ年上であり、シンネフィアからしてもエマティノスの方が三歳年上になる。

 エクスロスというのは、武人の一族だ。エマティノスも例に漏れずしっかりとした体躯はしているようだが、筋骨隆々と言うほどのものではないかもしれない。ただ必要なところに必要なだけ筋肉がついていて、無駄がないと言うべきだろうか。それと分からないようにエマティノスを観察しながら、シンネフィアはそう判断をした。

「でもあまり、浮ついたことを教えないでいただけますと、助かります」

「ほお?」

「噂は耳に入れておりますわ、色々と」

 エマティノスが表情を少しばかり変えた気がするが、シンネフィアはそれに気付かないふりをして微笑んだ。使用人が茶を運んできて、シンネフィアとエマティノスの前に置く。そのカップを手にして、一口茶を啜った。

 エクスロスの一族について回る噂というのは、何かと派手だ。曰く素手で人を殴り殺しただとか、たった一人で賊の集団を壊滅かいめつさせて、敵は誰一人として立っていなかったとか。ただその中にあって、エマティノスの噂は少しばかり毛色が違う。

 とはいえ、何も珍しい話ではない。シンネフィアの父もそうであったし、たしかヒュドールの先代やエクスーシアの先代もそうであった。シュガテールも何かと派手な噂はあるし、男女問わずそういうものではある。

「なら、貴女はどうだ」

「ふふ……つまらない冗談をおっしゃいますのね」

 なるほど確かに、エマティノスの顔立ちは整っている。黙っていると威圧感はあるが、かといって忌避きひされるほどでもない。精悍せいかんと称するのが一番相応しいかもしれないが、エクスロスについて回る噂ほどにおそろしげではなく、女性には好かれそうな顔だちだった。

 というのが、シンネフィアの冷静な分析である。

 微笑んでカップを置いて、胸の前で手を組んで首を傾げた。何も分からないふりをして、興味がないというのをひた隠す。ここで「それなら」と色目でも使えれば良かったのかもしれないが、生憎とシンネフィアはそういうことは得意ではない。そういうのが得意なのは、シュガテールやマカリオスの女性だろう。一族の名で決めるようなものでもないし他の一族でもそういった女性はいるだろうが、シンネフィアは本当にそういう括りに入ることはできないのだ。

「私、どこに種をくのか分からない方はお断りですの」

 父はあちらこちらどこにでも種をいたというわけでもないが、それでもダウロスとケリーが同じ年齢ということもあって面倒なことになっている。しかも母の身分がさして変わらないものだから、それもまた面倒なことになっている一因だ。一応シンネフィアとダウロスの母は正妻という立場にあったが、それは先に嫁いでいたからであって、結局最終的には正妻が二人いるようなややこしい状態であったことは否めない。

 シンネフィアは結婚に慎重になったのは、間違いなく父のせいだろう。もちろんシンネフィアは女であるし、万が一子供ができるとして、その子の父親が誰か分からないというようなことをするつもりはない。だが夫となった相手があちこちで種をけば、やはり要らぬいさかいは生まれるものだ。

 エマティノスが茶に口をつける。何を考えているのか分かり辛く、先ほどのことばも彼はどこまで本気だったのだろうか。

 ただ観察をしていると、客間の扉を叩く音がした。

「姉さん、エマは……」

「こちらにいらっしゃるわ。入っていらっしゃい、ダウロス」

 開いた扉の向こうにいたダウロスは、急いだのか癖毛がいつも以上に跳ねている気がした。大急ぎで戻ってきたのだろうが、彼はフィリラといたのだろう。フィリラにも悪いことをしてしまったように思う。

 これでシンネフィアの役目は終わりだ。エマティノスはダウロスの友人であって、シンネフィアなど今日初めて顔を合わせたに過ぎない。

「ダウロスも参りましたし、私はこれにて。どうぞごゆっくりしていらして」

 微笑んで、エマティノスにそう告げる。エマティノスが泊まっていこうが何だろうが、後のことはダウロスに一任するべきことだ。

「まだいても構わないが」

「色々と、やることがございますの。もしデュナミスへのお話しでしたら、いつも通りダウロスを通じてお伝えくださいませ」

 エクスロスから注文される武器の修理や購入は、いつも窓口はダウロスだ。それはシンネフィアに直接伝えずとも問題のないことであるし、いつも通りであれば変な間違いも起きることがない。

 エマティノスに一礼をして、椅子を動かした。慌ててやってきたダウロスが椅子を押そうとするのを制止して、シンネフィアは座らなかった向かいのソファを示す。

「ダウロス、失礼のないようにね」

「分かってるよ」

 友人なのだから特に言う必要もないのかもしれないが、一応のものだ。彼らがこれから何を話そうが、何をしようが、シンネフィアは与り知らぬことである。

 フィリラには謝罪をしておく必要があるかと、椅子を動かしながらそんなことを考える。この後やるべきことを頭の中で積み上げながら、シンネフィアは執務室への廊下を進んでいった。

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