水面に象を映す白鳥(1937)

 長い旅の途中、仲間になった三羽の白鳥が空を行く。眼下には、丘の上を占領した人間たちの街が広がっていた。

「なあ、ここいらで休んでいこうぜ」

「いいね」

「あそこはどう?」

 ずいぶん先の方だが、沈みかけた太陽を反射して、きらりきらりと水面が光っている。三羽は満場一致で、もうすぐやってくる夜をそのみずうみで過ごすことに決めた。

 そこは緑いっぱいどころか、どちらかというと沼に近いような場所だった。土は水分を蒸発しきれずべちゃべちゃしているし、枯れ木が何本も突っ立ったまま、その枝先さえもくねっている。

「しょうがないか」

「しょうがないよ」

「まあいいさ」

 三羽の白鳥はうなずきあいながら言った。旅慣れた彼らは、幸いなことに魚やカエルを見つけることができた。

「なかなかいいな」

「おまえ、つかまえるのうまいな」

「ありがとう」

「おまえじゃないよ」

「えっ」

「ありがとう」

「なにが」

 時折は何の話をしていたのか混乱してしまう三羽だったが、どうにか太陽が沈み切ってしまう前に、羽を休める場所を決めることができた。


 完全な日没を待つあいだ、仲良しの三羽はおしゃべりに花を咲かせる。

「びっくりしたことを発表していこうぜ」

「いいね」

「楽しそう」

「じゃあ、おれからね」

「いいよ」

「面白そう」


 一番小さな白鳥が、少し緊張したように頭をふりふりしながら言った。

「おれのふるさとには、ハサミのついた生き物がいるんだ」

「なんのために」

「きけんだ」

 二羽の反応に満足そうな、小さな白鳥である。


 続けて、中くらいの白鳥が言う。

「おれには奥さんがいたことがない」

「実はおれもだ」

「おまえらにはびっくりだ」

 奥さんがいたことがない二羽に偉そうにそう言った一羽は、くちばしに水を掬って上を向き、コクコクとのどを鳴らして飲み干した。


 最後に一番大きな白鳥が、湖面から飛びのきながら叫んだ。

「ゾウがいる!」

「そうきたか」

「なにが」


 大きな白鳥はむやみにバタバタと慌てた。他の二羽もつられて体をもぞもぞさせる。

 ゾウは自分が水面に映った姿だと三羽が気が付かなかったら、そのまま飛び立っていたところだ。


 二羽は大きな友人が何を意図していたか気付くと、本日のお題を変更した。

「じゃあ、おれたちの中で一番ゾウっぽいやつの勝ちな」

「いいね」


 小さな白鳥がたずねた。

「ちなみに、ゾウって何?」


 その一連の様子を見ていた人間のDは、夜を前にようやく腰をあげた。沼まで散歩に来た彼は、白鳥が降り立つところを眺めることができて非常に満足していた。


 帰りしな、彼はニヤニヤしながら独り言を口にした。

「これは傑作の予感がするぞ。三羽の白鳥がゾウに見える、という絵を描くのだ!」


おしまい。

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