眠り(1937)
ライターとして私が出会った、それは数奇な人生を歩んでいる女性の話をしよう。
現在50歳になった、Aという女性で、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」をそのままに体現したような写真が多く残っている。三カ月前のインタビュー時、身長は160センチほどで、やや小柄である。
彼女は若者だった頃、陶器のような透明感のある肌を露出することを好んでいたという。夏には必ずビキニを着用して海に出掛け、冬はコートの下から太ももを覗かせて、いつも高いヒールを履いていたと話す。
ここで、若かった彼女が犯した一つ目の間違いについて触れておく。それは「日焼け止めの塗り直し」をしなかったことだ。一度塗れば十分だと思っていたAは、一日中遊び歩いても、紫外線から肌を守る文明の利器を、重ねて利用することはなかったようだ。
目の横に一本の、ごく薄い皺を発見したときのことを話しながら、Aは身震いした。
それからというもの、Aは化粧水や乳液を、その財力の許す限りまで使い倒し、なんとかその浅い溝を消そうと躍起になったという。
そしてある日、Aは二つ目の、取り返しのつかない過ちに魅入られてしまった。やや興奮したように目を見開き、Aはこう言った。
「引っ張っているあいだだけは、皺がなくなったの!それに気が付いたのよ!」
手頃な洗濯ばさみをひっつかむと、Aは顔の皺を伸ばすように固定することにしたという。効果はてきめんだった。目の横の皺は、消えた。しかし、洗濯ばさみに引っ張られたところが赤くくぼんで、なかなか治らないことをまた、気に病んだらしい。
さらに十年後、Aは「洗濯ばさみおばさん」として有名になっていた。私がAに会ったのはこの頃だ。顔じゅうを引き延ばし、その伸びた肌は巨大な建造物のようになり、鼻や口からは呼吸をするたび、私は洞窟に吸い込まれるような風を感じた。
有名になったことでAが得たものは、心無い中傷だけではない。著名な美容整形外科医が幾人も手を上げ、チームを組み、彼女に生活を取り戻そうと動き始めたのである。症例を積んで名声を得ようとする医師たちとAの利害が、すんなり一致したというわけだ。
こうして大手術の末、Aの顔の、余分に伸び切った皮膚が取り除かれた。それを買いたいと申し出たのはヨットの会社で、なんとAの皮膚で帆を作るのだという。スキンケア用品をきちんと使用していたAの肌は弾力に富み、風をしっかりと受けるだろうというのだ。
もちろんAは肌を売り、その金で豪邸を建てた。その後のインタビューで、Aはこう答えている。
「お尻の皮膚を伸ばして売るビジネスをはじめるの!」
私は苦笑した。同じ女性でも、こんなにしたたかな人がいる。
おしまい。
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