2ー4


 謁見の間の扉の前には、ヴリエンド国の宰相である男が立っていた。彼はアーレンス達の姿を確認すると、中にいるのだろう国王陛下へと声を掛ける。


「陛下、お見えになりました」

「通せ」


 久しぶりに聞く低い声に、アーレンス達は身を引き締める。

 玉座の前まで歩いて、アンゼルムを始めとした騎士達を一歩下がらせる。いや、下げようとしたところで、玉座の背後辺りから見知った声が聞こえてくる。


「形式的なモンは省こうぜ。今は……久々の再会を喜ぶときだろ?」


 玉座の背後からすーっと出てきたのはヴリエンド国の王子であるリオンだ。彼はたてがみのようにも見える白い髪を揺らしながら、アーレンスに近寄ってくると思い切り抱きしめた。


「……リオン、今そういう時じゃないから」 


 抱き付いてきた親友を引きはがそうとしたアーレンスだったが、獣人であるリオンとの力の差は大きく、傍から見れば二人がじゃれているようにしか見えなかった。それを誰も咎めないため、リオンが満足するまでアーレンスは彼の腕の中にいる羽目になってしまった。


「相変わらず仲が良いようでなによりだ」

「……陛下の面前で申し訳ありません」


 微笑むヴリエンド王に、頭を下げることしか出来ないアーレンス。いくらアーレンスとリオンが親友であることが周知の事実だとしても、公の場、陛下の面前でやっていいことではない。今回のアーレンスはコンラッド国の代表として来ているのだから、尚更。だというのに、謝罪から始めなければならないきっかけを作った当の本人は上機嫌に尾を揺らしていた。


(……リオン~~~!)


 睨みつけたい気持ちを抑えて、アーレンスは王に向き合う。改めて挨拶の言葉を述べようとすると、王の手がすっとアーレンスの動きを制する。


「良い。リオンも言っておっただろう、形式的なものは省くと」

「……陛下、発言を許可していただけますか」

「アンゼルムか、許可しよう。この謁見は正式なものではない。むしろ、貴様の考えを聞きたい」


 王の言葉に対応出来ずにいたアーレンスに兄からの助け船が入る。隣に並んだアンゼルムは王の言わんとすることを大まかに察しているようで、またもアーレンスは一人置いてけぼりをくらう羽目になってしまった。


「その様子では、『鏡』に反応がありましたか」

「うむ。だが、アレが出てくる様子はない。……アーレンスの体に異常はないか」

「記憶の混濁が見受けられます。これは本来の人格ではなく、ヤツの影響によるものかと」

「あぁ? やっぱりアーレンスに憑いてたのかよ、あの復讐者は」


 自身のことが話題に上がっているのに、アーレンスは会話の内容を理解することが出来ない。なんとなく、兄が「ヴリエンドについてから話す」といった事柄に関係しているのだろうと推測することは出来るが、言ってしまえばその程度しか推測することが出来なかった。故に、今のアーレンスは後に兄からの説明があることを信じて、会話に耳を傾けることだけであった。


「先日、境界線付近の村が冒険者ギルドに属する転生者に襲撃を受けたことは、陛下の耳にも届いているかと存じます。その際にアレン――いえ、アーレンスの人格はヤツに乗っ取られていました。しかし、アーレンス自身も僅かに記憶が残ってしまったようで……そろそろ潮時ではないかと」

「ふむ、それが本当であれば良い機会となるだろうが……・アレクシスは知っておるか」

「いえ、先に説明すると別の手段を講じられますので……アーレンス自身の説明も後回しにヴリエンドへと参った次第です」

「そうか。では、アレについての説明はリオンにさせるとしよう。……アンゼルムよ、貴様は儂と共に来るがいい」


 ヴリエンド王の言葉に頷いたアンゼルムはアーレンスの護衛にシアンを指名すると、そのまま王の後を追ってしまった。流れが掴めないアーレンスに代わって、騎士団にはリオンが指示を出す。使用人に離宮を案内させるから、そこで待機するようにと。


「俺はどうすれば……?」


 不安げに問うアーレンスに、リオンは喉を鳴らして笑う。そうして、アーレンスを安心させるかのように肩を軽く叩くと「こっちに来いよ」と移動を開始したリオンの後に付いて行く。本来であれば忙しいはずの時間帯であるはずなのに、城内はいやに静かで、アーレンスは非常に落ち着かない。それは再び護衛に指名されたシアンも同様だったようで、背後からそわそわとしている気配が伝わってきた。

 とある扉の前で立ち止まったリオン。そんな彼の前にあった扉には不思議な窪みが三つあった。アーレンスは古い記憶の中にあるギミックを思い出して、少しだけワクワクした。もっとも、すぐに普通の人間には無理ゲーであることに気付いて落胆すると同時に、何故護衛としてシアンが選ばれたのかを知ることになるのだが。


「イヌちゃん、ちゃぁんと覚えておけよ?」


 リオンはシアンに対してにやりと笑うと、扉付近にある小さな棚へと手を伸ばす。棚には小瓶が綺麗に並べられているのだが、どれも同じ色をしているため、アーレンスには違いが分からなかった。しかし、リオンにとってはそうでないらしい。小瓶の蓋を開け、香りを確認していく。アーレンスとシアンにも匂いを嗅がせてくれるのだが、アーレンスにはどれも似たような匂いに感じる。しかし、獣人であるリオンと獣人の血を引くシアンにとってはそうではないらしい。僅かにある差異を見極めて、小瓶を扉に嵌めていく。三つの小瓶をはめたとき、施された仕掛け――恐らく、魔法だろう――が解除され、扉が開く。その先は下り階段になっていて、ここからでは真っ暗闇にしか見えなかった。


「随分と厳重に管理されてるんだな」


 階段を下りながら、思ったことを素直に口に出してみる。すると、リオンは楽しげに笑って肯定する。


「たり前だろうが。これはコンラッドとヴリエンドのトップシークレットだぞ?」

「アーレンス様、俺ここにいていいんんすかね……?」

「ゼル兄上の指示だし大丈夫だと思うけど……俺も知らないことだからなぁ」


 リオンの言葉にシアンが不安げに話しかけてくる。護衛を任命したのは兄であるため、シアンが知ることは問題ないはずだと考えるアーレンスだが、そもそも自身も初めて知らされるということもあって少々自信がなかった。


「問題ねぇよ。むしろ、同情するぜ。……この先の戦争に巻き込まれちまうんだからよ」


 意味深な言葉に意識を向けるより早く、リオンが目的地の扉を開く。これだけ厳重に管理されているにも関わらず、案内された部屋はいたって普通のものだった。誰かがここで生活していたのだろうか。机や椅子、本棚など一般的な部屋にあるものは一通り揃えられていた。だが、その中で異彩を放っているものが一つだけあった。


「あれって……棺か……?」


 部屋の奥に真っ白な棺のようなものがあることに、アーレンスは気付く。なんとなく興味を惹かれて近付こうとするアーレンスをシアンが引き留める。


「アーレンス様、あれはダメっす……!」

「マジで鼻が利くんだな。……アーレンス、イヌちゃんの言う通りだぜ。アレに近付くんじゃねぇ。お前の体が奪われちまうぞ」

「……どういう?」


 真剣な表情のリオンに、アーレンスは戸惑うばかりであった。そんなアーレンスを見て、リオンは頭をがしがしと豪快に掻くと大きな溜息を吐いた。


「陛下もアンゼルムも面倒な説明はオレに投げやがって」

「説明してくれるんだよな?」


 全身で面倒だと告げているリオンに、アーレンスは問い掛けた。兄がしてくれるはずだった説明は代わりにしてくれるのだろう、と。それに首肯してみせたリオンは本棚から一冊の本を取り出すと、アーレンスに椅子に掛けるように促した。


「なげぇ話になるからな。覚悟しておけよ?」


 そういうリオンの顔は、何故だか非常に楽しそうであった。

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