2ー3
その後、シアンが嗅ぎつけた通りに獣人達の襲撃に遭うも、アンゼルムの適格な指示と騎士達の俊敏な動きによってあっさりと制圧された。襲ってきた彼等を捕縛して、そのままヴリエンド国に向かうことになった。
その動きを馬車内で見ていることしか出来なかったアーレンスは密かに落ち込んでいた。今の時点でアーレンスに出来たことなど、転生者の能力封じくらいである。それもアーレンス自身の記憶は曖昧で、本当に役に立っているのかも分からない。まともに指揮も執れない王族が、この先国のために出来ることは果たしてあるのだろうか。
「……アーレンス様、なにか落ち込んでるっすか?」
「え、いや……なんも……って、そうか。シアンには誤魔化しがきかないんだったな」
すんっと鼻を動かしたシアンに指摘され慌てて誤魔化そうとするものの、彼の敏感な鼻の前では意味がないことを思い出し、アーレンスは困ったように頬を掻く。落ち込んでいることを肯定はしても、仮にも上に立つ者が弱音を吐くわけにはいかない。ただでさえ、アーレンスは守られているだけのお荷物だ。そんなアーレンスに皆は不安を感じていてもおかしくはないのだから。
「アーレンス様?」
「ふん、大方自分の力量不足を実感したんだろう。……アレンが政治的な思惑が強く絡んでいる公務に参加するのは初めてのことだからな」
「……流石、ゼル兄上。お見通しなんだなぁ」
隠そうと試みるも、兄にあっさり見抜かれてしまい、アーレンスはもう笑うしかなかった。
「今の俺は守られているだけのお荷物だろ? なんか、これでいいのかなって」
「何言ってんすか! 普通の王族は守られるのが仕事っすよ! アーレンス様の仕事はヴリエンドの王様たちと話すことじゃないっすか。アーレンス様、兄上様たちを見て感覚麻痺してますって!」
ぶれないシアンの言葉に、アーレンスは肩の力が抜けるような気がした。
「その物言いは気になるが……シアンの言う通りだ。お前の仕事はヴリエンド国についてから始まる。今回は兄上の意地が悪すぎただけだ。あまり深く気にするな。……それに、しかるべき場面でしかるべき人間に指揮権を渡せるというのは重要なことだ。お前の役目は戦場に立つことではない。それを忘れるな」
「……うん。ありがとう、ゼル兄上」
その後、アーレンスはヴリエンド国に到着するまでの間に改めて考えた。自分の役割を。コンラッド国のために、自身に何が出来るのかを。そして、そのためにこれから何を学ぶべきなのかを。当然、答えは出るはずもなかったが。
「……着いたな」
アンゼルムの声に、伏せていた顔を上げる。
馬車から降りると、すでに空の青さに赤い色が混じり始めるような頃合いだった。門番を務める獣人が境界線にて発行された通行許可証を確認すると、ヴリエンド国の象徴ともいえる白き獅子の描かれた大門がギギギと重たい音とともに開かれる。
「アーレンス殿」
「……うん?」
それを確認して、再度馬車に乗り込もうとすると、象をルーツにすると思われる騎士から声を掛けられた。アーレンスを呼び止めたことに対する無礼を詫びると、彼はヴリエンド国の王子であるリオンから手紙を預かっているという。
「ありがとう」
手紙を受け取り、馬車に乗り込む。騎士や御者に、在中しているコンラッド大使の館へと向かうように命じて、アーレンスは手紙を開いた。
「…………は?」
しかし、アーレンスの体はすぐに硬直することとなる。何故か。手紙には、今回の滞在場所としてヴリエンド城の離宮を貸すと書かれていたからだ。理由などの記載はない。ただ、要件だけが簡潔にまとめられた手紙に、アーレンスは慌てて目的地を変更させる。
「どうした、急に」
「リオンが滞在場所にヴリエンド城の離宮を使えって。リオンだけじゃなくて国王陛下のサインまであってさ……」
国王のサインまであるのであれば、アーレンス達がそれを無視することは出来ない。辞退させてもらうにしても、一度登城して挨拶をしなければ。
このような時間に登城しなければならないことに、アーレンスは溜息を吐く。政治に疎いアーレンスであっても、流石に登城するには無礼な時間帯くらい弁えている。親交の深い国とはいえ、抵抗の方が大きい。アーレンスはもう一度溜息を吐いた。
「陛下のサインまであるとは……こちらでも何かあった可能性があるな」
「城下町の様子は変わらないように見えるけどなぁ」
アーレンスは窓の外を眺める。
獣人の町であるヴリエンドだが、そこに住まう者達のルーツは多種多様だ。ルーツだけではない、見た目だってそうだ。獣寄りの姿の者、ヒト寄りの姿の者、それぞれである。それ故にこの国では揉め事が多い。今だって、窓の外では狼の獣人と猫の獣人とが何かを言い争っている。すぐに騎士や自警団がやってきて仲裁に入るところまでが、ヴリエンドの日常風景である。
「相変わらず、騒がしい町だ」
隣で、同じように外を覗き込んでいたアンゼルムがふっと口角を上げる。その表情はどこか懐かしむようなもので、アーレンスはきっと自分も同じような顔をしているのだろうと思った。なにせ、二人は二年前にヴリエンド国に長期滞在していたことがある。その目的はなんだっただろう。アーレンスは記憶を探ろうとして、しかしその理由を思い出すことが出来ない自分に驚いた。思い出そうと深く記憶に潜ってみれば、目的のみならずヴリエンドで過ごした思い出にすらところどころ穴が開いていることに今更気付く。これまで違和感など覚えもしなかったことが、何故今になって。アーレンスは思考に集中しようとするも、痛み出した頭に邪魔をされてかなわない。
「……っ……」
「アーレンス様、大丈夫っすか!?」
「大丈夫、少し頭が痛むだけだから」
アーレンスの言葉にアンゼルムは何かを考えるような素振りをする。そうした後に深々と溜息を吐くと、「やはり……潮時だな」と呟いた。その言葉に呼応するように、アーレンスの頭痛は激しさを増し、しまいには意識を失ってしまうのだった。
「アレン、起きろ。城に着く」
とはいえ、意識を失っていられたのも一瞬で、アーレンスはすぐに体を揺すり起こされる。気を抜くと、またすぐにでも意識を手放してしまいそうな頭痛に耐え、なんとか目を開くアーレンス。そんなアーレンスをシアンが支えてくれる。
「……ごめん」
「顔色悪いっすね……城の中まで支えたいところではあるんすけど……」
「だいじょうぶ……流石に陛下の前でそんな姿は見せられないからな。耐える」
「……恐らく、城に入れば頭痛も消えるだろう。もう少し辛抱してくれ」
アンゼルムの発言に突っ込むだけの気力もなく、アーレンスは意味も分からないままに頷いた。シアンの手を借りて馬車を降りると、一度深呼吸をする。そうして、頬を叩いて無理やり気合を入れると、兄が選別した少数の護衛とともに城門前に立つ。
城門を警護する騎士にも話は通っているようで、彼等は手紙の確認だけをすると、門を開いてアーレンス達を城内へと入れてくれる。本来であれば、友好国であったとしても騎士達の身体検査等が入るはずであるのに、それすら省略されるほどの何かが起きているというのだろうか。アンゼルムの言うように、城内に足を踏み入れた途端に頭痛の治まったアーレンスの脳内には疑問ばかりが浮かんでいた。
「アレン」
そんなアーレンスに、アンゼルムは声を掛ける。アーレンスは兄の言わんとするところを察して、思考を一度中断させることにした。まずはヴリエンド国王への挨拶を済ませなければ。そして、こうして呼ばれた意味を伺わなければならない。
王族である彼等を象徴する白を基調とした城内が落ち着かないのは色の持つ効果のせいなのか、それとも他の何かのせいなのか、アーレンスには分からなかった。何度も訪れているというのに、今にも破裂するのではないかというくらい心臓がうるさく音を立てているのは、初めてのことだったのだから。
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