1‐8


「想像していた中で最も嫌な展開だな」


 テレジアが持って帰ってきた情報を聞いたアンゼルムは顔を顰めて舌を打つ。しかし、すぐさまテレジアや駐在所の騎士達に指示を出し始める。


「テレジア、他国の騎士へ情報の伝達は」

「終わっております。また、協力も願い出ています」

「流石だな。では、町の警護は他国の駐在騎士に任せるとしよう。……コンラッド騎士団は複数に部隊を分ける。一隊はバタール駐在騎士の監視に当たれ! 一隊は路地裏など治安が悪い場所を見て回れ。騒ぎに便乗した犯罪があるかもしれん。なにより、警戒対象がそちらに居座る獣人に害を為す可能性もあるからな。残りはオレたちとともに来い。……テレジア、分隊の人選は任せる」

「……はっ」


 テレジアは手早く小隊を編成していく。

 その様子を視界に入れながら、アーレンスは胸のあたりをぎゅっと掴んだ。そうでもしなければ、胸の中で激しく燃える怒りが今にも体を動かしてしまいそうで怖かった。


「アレン、出るぞ」


 アンゼルムの後に続いて外へ出る。後ろにはテレジアと、彼女が率いる騎士達が付いてきていた。

 先程まで様子が気になって外に出ていたはずの人々の姿はもうない。日中の活気が嘘のように静まりかえっているのは陽が沈んだせいだけではないことに、アーレンスは何とも言えない気持ちになった。


「テレジア、改めて逆賊の情報を」


 アンゼルムが口を開く。


「はい。賊は境界線より僅かに離れた先にある獣人だけが暮らす村を襲撃したようです。数は三名、皆バタールの冒険者ギルドのもので、内一名は転生者のようです。少女の護衛に出した騎士が手の甲に痣を確認しています」

「村は……どうなったんだ……?」


 地図上の距離は近いとはいえ、それでも徒歩であれば往復だけでも四半日はかかるだろう位置で放たれた眩い光はこちらに届くほど。村が、そこに住まう人々がどうなったのか、想像出来ないほどアーレンスは愚かではなかった。それでも、彼は問わずにはいられなかった。


「……テレジア」

「自警団のものが十数名ほど亡くなったと聞いています。しかし、村の住人の多くは無事ですからご安心ください」

「……え?」


 予想外の返答に、アーレンスは目を丸くする。自身の想像よりも少ない犠牲に開いた口が塞がらない。何故という疑問にはアンゼルムが答えてくれた。


「言っただろう。不穏な動きがある、と。兄上はオレたちが考えているよりも遥かに先を見て行動している。関所を通さずに境界線を抜けている存在が現れた時点で近隣の村には一部の者を除いて避難させるようにという話を通しているんだ」

「え……俺の兄上優秀過ぎでは……?」


 不穏な動きというのは、どうも数年前からあったらしい。

 各国家の協定によって大陸移動の際には関所――大陸境界線を経由することが絶対条件となっているのだが、不要な争いを避けるために通行許可証の取得ならびに通行税の支払いが義務づけられているだけで、実は関所を通さずとも大陸間の移動は可能になっている。見つかれば即牢獄行きの大罪に該当するのだが、不正移動は中々減少しないという。

 ただの不正移動であれば境界線に駐在している境界騎士に対応を委ねればいいだけだが、ここ数年は冒険者ギルドに所属している旅人が捕縛されることが増加していたらしい。調べると、バタール国というヒュームニア防衛ラインの一国にあるギルド経由の者が多いことが分かった。アーレンスが懸念したように、ギルドに獣人狩りの依頼が増えているという。


「……本当にギルドが動いていたのか」

「ああ。だが、コンラッドとしてヴリエンドを始めとした獣人国家と敵対する意思はないからな。兄上主導で対策が練られていた」

「しかし、このタイミングでというのは予想外でしたね」


 テレジアが周囲を警戒しながら言う。


「兄上はそうでもなかったんじゃないか。……アレン、気を付けろ。馬鹿どもが来るぞ」


 苦々しい顔で告げるアンゼルムに、アーレンスも気を引き締める。

 獣人が多く住まうベスドゥール大陸側の門から、三人の人間がやってくるのが見えた。


「……ん? あれ、騎士さんたちのお迎え? なんで?」


 中央にいる男が、わざとらしく首を傾げる。


「え~わっかんない~アタシたちの仕事ぶりが認められたってことかな~」

「ふふふ、ご主人様のお力は素晴らしいものですから」


 男を挟んでいる少女たちの言葉にアーレンスは苛立ちを覚える。もっとも、それはアーレンスだけではなかったようで、背後の騎士達の雰囲気が鋭いものへと変化したような感覚があった。


「……あの不届き者達を捕らえよ!」


 テレジアが騎士達へと捕縛命令を出すと、騎士達が一斉に動き出す。その動きを見て、旅人達は戦闘態勢に入る。「必要であれば攻撃も許可する!」アンゼルムの言葉に、あちら側は心底理解出来ないといった表情だった。


「え~なんでアタシたちに剣を向けるわけ~?」


 露出の多い服装をした少女は二刀の短剣を構えた。俊敏な動きで騎士の懐に入り込んで、彼等の陣形を乱していく。


「ご主人様に武器を向けるなど……不届きものはどちらです!」


 防衛ライン側ではとっくに滅んだと言われていたエルフの少女は身の丈に合わない大きな杖を構えると、マギアを大量に使用する魔法を躊躇うことなく放つ。それによって一瞬にして門周辺は火の海と化す。


「あの~なんで俺たちを捕らえようとするんですかね? 出来れば穏便に……ね?」


 中央の男は自身が優位側であると思い込んでいるようで、こちら側にとってふざけた提案を持ちかけてくる。当然アンゼルムはそれを切り捨て、男を捕らえるために行動を開始した。


「エルフを連れているということは、かなり遠い場所から来たのだろうが……それでも無知は罪だ。とくに放浪する身であれば尚更だな」

「……っちょっと! 人の話聞いてくれません!? ……って、マジかよ!?」


 アンゼルムの剣を受け止めた男に、テレジアが追撃する。二人の連携は見事なもので、始めは余裕がありそうだった男も次第に真剣な表情になっていく。


「あ~あんま人間相手には使いたくなかったんだけどな~」


 ポリポリと頬を掻いて溜息を吐く男の姿を目にして、アーレンスは再び胸中の怒りが激しく燃え上がるのを感じた。


(ふざけるなよ……!)


 だが、アーレンスは動けない。剣を持ったとて騎士達の足手纏いにしかならないアーレンスに今出来ることはじっとして兄の指示を待つだけだ。


「加減はするけど何人か死んじまったらすいませんね?」


 へらっと笑う男の手元にマギアが集まるのが分かった。


「全員回避行動! 魔具の使用を許可する!」


 アンゼルムが叫ぶや否や、男の手から眩い光が放たれる。雲を裂くほどの強烈な輝きが騎士達へと降り注ぐ。それは、戦闘の場所からやや離れた位置に避難していたアーレンスにも直撃する。


「……ぐっ……!」

「アーレンス!」

「アーレンス様! 誰でもいい、アーレンス様の救護に回れ!」


 だが、アンゼルムとテレジアを除いた多くの騎士達は衝撃の大きさに動けない。アーレンスは揺れる視界の中で地面にひれ伏している騎士達の姿を見て、頭が真っ白になる。


「あ、良かった~全員死んだかと。これで剣を収めてもらえたりしませんかね?」

「え~最初に剣を向けてきたのあっちじゃん! みんな殺そうよ!」

「いやいや、騒ぎを起こしたいわけじゃないから。穏便にね?」


 ――どの口が。


「どの口が言ってんだ……! チートに頼り切ってるくせにすっとぼけかましてんじゃねぇぞ、転生者がよぉ……!」


 立ち上がったアーレンスは、果たして本当にアーレンスだったのだろうか。彼には分からなかった。今は自身すらも燃やし尽くしてしまいそうな怒りに、ただ身を任せるだけだ。


「えぇ……やっぱり転生者って分かるもんなの?」

「マギアの使用は基本的に禁止されてんだ。自身のマギアだけでこんだけの魔法を使えるヤツが転生者じゃないわけねぇだろうが……!」

「そりゃそうか。……ええっと、それで少年? 君はまだやるつもりなの?」


 困っています、そうありありと語る男の表情はアーレンスを逆撫でするだけだ。


「てめぇを牢にぶち込むまでが仕事なんだよ、こっちは……!」


 近くに倒れている騎士が落としたのだろう剣を拾って、男へと走る。男を守ろうとした少女達によって道を阻まれるが、彼女らの攻撃はテレジアによって弾かれた。


「アーレンス様に手出しはさせない!」

「テレジア、その二人は任せる。俺はあのボケカス冒険者を雁字搦めする役目があるからな……!」

「アーレンス様、そのようなお言葉は……! どうか、お気を確かに!」


 豹変したアーレンスに驚きつつも、少女二人をいなすテレジアは流石コンラッド最強と言われる男の剣を弾いただけはあった。


「おばさん、よそ見はいけないんじゃない~?」

「アンゼルム様、申し訳ありませんがアーレンス様を……!」


 テレジアは少女の煽りを無視して、アンゼルムに声を掛ける。それが少女達に火を付けたようで、テレジアに対する攻撃は激しさを増した。


「記憶の混濁が酷いときのアレンは止められん。放っておいていい。……そちらは任せても大丈夫だな」

「しかし、あの言葉遣いは問題が……失礼、問題ありません。騎士達も動けるようになりつつありますので」


 テレジアの言葉を確認したアンゼルムはアーレンスの隣へと並ぶ。それを確認したアーレンスは口角を上げた。


「牢にぶち込まれる覚悟は出来たか、ボケカス冒険者さんよぉ!」

「アレン、あまり下品な言葉を使うな。……被害を受けるのはアーレンスだぞ」

「ったく、揃いも揃って過保護なこった」


 やれやれと手を開くアーレンスを一瞬だけ睨んだアンゼルムは、冒険者の男に対して再度剣を向けた。


「アンタたち勝手すぎる! 流石に訳も分からず牢に入れられるのはごめんだからな、本気で抵抗させてもらうぞ」


 男は、アーレンス達に掌を向ける。先程と同じようにマギアを収束させて派手な魔法を放つ気なのだろう。


「……出来るものならな」

「なっ!? 突っ込んできた!? ……それでも、もう手加減なんてしてやれな…………え?」


 放たれるであろう魔法に臆することなく突進するアンゼルムに男は僅かに動揺したものの、魔法を中断させる素振りは見せなかった。だが、彼の手に集まっていたはずのマギアは突如として霧散する。


「な、なんで……っぐ、ぅ……」

「隙だらけだな」


 そのことに気を取られた男の隙をアンゼルムが見逃すはずはなく。あっさりと男は動きを封じられた。


「はっ、力に頼り過ぎて鍛えなかったからそうなる。……兄上、縛るのは俺に譲ってくれますよね?」

「今のお前に兄と呼ばれたくはないな。……アーレンスは」

「はは、そうは言うけどお前が油断してアーレンスの名前を呼んだのが悪い」


 アンゼルムを押しのけて、アーレンスは男の上に跨り縄で縛っていく。半ば無理やり退かされたアンゼルムの苦虫の噛み潰したような顔を視界の端に入れたアーレンスは、愉快極まりないといった表情で笑っている。


「……チッ。俺はテレジアと共に事後処理に移る。アーレンスの体に余計な真似をしてみろ、お前の目的は果たせないと思え」

「大丈夫だって、兄上。俺は俺なりにコイツのことが気に入ってるんだ。だから、こうして出てきた。そうだろ?」

「……ふん」


 アーレンスの言葉にアンゼルムは背を向けて歩き出す。その先にいるテレジアは二人の少女相手に勝利を収めたようで、彼女らを捕縛しながらダメージから回復したのだろう騎士達に指示を出していることが動きから理解出来た。そんなテレジアの様子を見て、アーレンスは口笛を吹く。


「おまえ……本当にさっきの少年、なのか」


 アーレンスの捕縛に抵抗など出来るはずもない男が信じられないといった瞳でこちらを見ている。そのことにアーレンスは笑みを深めて「どちらだと思う?」と疑問に疑問で返す。


「そう思えないから聞いてる、だろ……くそ、痛いな……」

「痛みを感じるようにきつく縛ってんだよ、救いようのないバカだな」

「なっ……」


 くつくつ笑うアーレンスは一度視線をアンゼルムの方へと向け、彼がこちらを見ていないことを確認する。


「答えはイエスでもありノーでもあるな。これ以上は……国家機密なんでね、死刑になる覚悟があるならちゃんと答えてやってもいいが……どうする?」

「ふざけるな!」

「ふざけてなんかいねぇよ。……ま、納得いかないようだからな。代わりといってはなんだが、俺の力について教えてやるよ」


 アーレンスは、この冒険者がどう足掻いたところで死刑になる可能性が高いことを知っていた。利用価値が生まれれば話は別だが、そうでないのであれば可愛い末弟を傷付けられた長兄が彼の生存を許すとは思えない。故に上機嫌なアーレンスは、男に一つだけ秘密を教えてやることにしたのだ。アンゼルムの監視が緩んでいる間に。


「力って……いったい……」

「はははっ、やっぱりてめぇはバカだな! どうして急に能力が使えなくなったと思ってんだ」


 アーレンスの言葉に冒険者は目を見開く。


「まさか……」

「気付いたか? 俺は、『転生者の持つ特殊能力を封じる』ことが出来るんだ」

「なんで……」


 男は疑問を投げ掛けようとしたが、しかしそれは叶わなかった。何故なら、アーレンスが縄を締める力を強めたからだ。


(なんで、ねぇ)


 意識を失った男を一瞥すると、アーレンスは彼を引き摺りながら歩き出す。歩き出したアーレンスは、もう二度と男を振り返ることはなかった。


(んなもん、俺も転生者に決まってるからだろうが)


 男が問いたかったのであろう質問に、アーレンスは心の中で答えてやる。もっとも、意識を失った男が本当に問いたかったことなのかは分からないが。


「……っと、そろそろ体力の限界だな」


 男を騎士に引き渡して、アーレンスは宿泊施設へと戻る。早めに休ませておかなければ、ブラコンを拗らせているアンゼルムに何かしら言われることは目に見えていた。なにより。


(まだ、この体が必要だからな)


 大切に、大切に扱わなければならない。

 アーレンスの目的の為には、アーレンスの体が、立場が、必要なのだ。


「……ただなぁ」


 部屋に辿り着いたアーレンスは寝台に腰掛けて、頭を掻く。


「明日、覚えてんのかね。コイツは……」


 そろそろ覚えていてもらいたいものだが、期待するだけ無駄だろうか。アーレンスは溜息を吐くが、その顔には柔らかな笑みを携えていた。


「おやすみ、アーレンス。良い夢を」


 そのまま寝台に倒れ込むと、アーレンスの意識はあっという間に闇の中へと沈んでいくのだった。

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