2章:悪逆非道の王子様?

2ー1


「……ぼけかすぼうけんしゃ……ボケカス冒険者ぁっ!?」


 辛うじて太陽が中央に位置していないような時間に、アーレンスは飛び起きた。自身が口から放った言葉に驚いた衝撃で。


「……え、え? 俺が言った? 本当に?」


 アーレンスは自身の体に触れてみる。本当に自分の口から出た言葉なのだろうか。アーレンスには信じられなかった。仮にも王子として育ってきているし、それを抜きにしてもアーレンスの前世の記憶はそこまで下品な言葉遣いをするような人物でもなかった。


「昨晩の記憶があるのか」


 寝台から少し離れた椅子に掛けたアンゼルムに声を掛けられ、そちらに視線を向ける。本を片手に持っていることから、兄は弟よりもずっと早く起きて読書をしていたようだ。


「あ、ゼル兄上……いや、魔法を受けたあたりから曖昧なんだけど……どうなった?」


 アンゼルムに問われ、昨晩の記憶を思い出そうとするアーレンス。しかし、男達が騎士達に抵抗し始めたあたりからの記憶があやふやになっている。一度目はタイミングを間違えて、転生者である男の特殊能力だろう魔法攻撃をくらってしまったところまでは覚えているのだが、その後の記憶はところどころ穴が開いてしまっていた。


「安心しろ、バカどもは牢の中だ。被害は……ベスドゥール大陸側の大門付近の建物の多くがダメになった。想定程ではないが、死人も出ている」

「そっか……」


 アーレンスは人的被害まで出ている状況に心を痛めた。自分にもう少し力があれば、犠牲は出ずに済んだだろうか。そこまで考えて、それはあまりにも驕ったものであることに気付き、首を横に振る。自身への嫌気を掻き消すように。


(こんなの、あいつらと変わらない)


 特殊な能力があったとしても、アーレンスはフェレファーブルに生きる一人の人間に過ぎないのだ。出来ることなど、変えられることなど、たかが知れていた。


「そう落ち込むな。お前への指示が遅れたオレの責任だ」

「……いや、俺ももっと自分で考えて動けるようにならないといけないって思ったよ。ちょっと平和ボケしてたのかも」

「それに関してもオレたちに責任がある」

 

 アンゼルムは困ったような顔で、アーレンスの頭を撫でた。その表情からは後悔のようなものが感じられたが、それが何に対してのものであるのかはアーレンスには分かりそうもなかった。


「お前が気にすることでは……いや、これが良くなかったのかもしれないな。ヴリエンドに着いたら、お前にも現状について話すとしよう」

「良いんだ?」


 もうすっかり聞きなれた返答は、しかし途中で意外なものへと変化する。そのことに驚きを隠せずにアンゼルムの瞳を見つめれば、彼は首を縦に動かした。


「だが、もう少し待ってくれ。兄上に知られるのは、もう少し遅らせたい」

「ああ、テレジア経由で伝わる可能性あるもんな」


 次兄の独断を、恐らく長兄は許さないだろうことはアーレンスにも容易に想像出来た。いずれバレてしまうことではあるだろうが、それでも長兄の性格を考えるのであれば知られるのは遅いに越したことはなかった。


「……ん? でも、テレジアもヴリエンドまで付いてくるんじゃ?」

「当初はな。だが、想像よりも被害が大きい。また、あの冒険者たちの処遇についても各国の代表と協議しなければならないからな。大使も優秀ではあるが、一人では荷が重いと判断した。だから、テレジアはここに置いていく。彼女は優秀だからな、何かあっても冷静に対処するだろう」


 その言葉にアーレンスはほっとする。

 一度受けた招待を断るのですら無礼に当たるというのに、すっぽかすなど言語道断である。国家としての信頼に関わるからだ。しかし、これだけの出来事があったにも関わらず、素知らぬ振りをして出発するのもまた信頼に関わってしまう。民は意外と見ているものだ。見捨てられた、そう感じさせてしまってはいけない。


「よし、ゼル兄上! 町に出よう!」

「気持ちは分かるが、体調に問題はないのか」

「やることやってからじゃないと休めそうにもないだろ?」

「ふ、そうだな。……とはいえ、気を付けることだ。王族が相手だろうが、取れそうなら取るという思考のものは多いからな」

「あはは、確かに。昨日実感したから気を付けるよ」


 アーレンスに出来ることなど、たかが知れている。出来ることなど、町に出て不安を感じているだろう人々や早くも復興のために色々と動いている人々に声を掛けて激励することくらいだ。それでも、何もしないよりはずっといいはずだ。そう考えて、アンゼルムとともに町に出た。


「……なんか、昨日より獣人が少ないな」

「獣人が狙われたことがもう広まっているんだ。……本当に厄介なことをしてくれた」


 被害があったのはベスドゥール大陸側にある大門付近が主だったため、町の中央は思っていたよりは活気があった。しかし、昨日に比べて獣人の姿が少ない。噂が広まる速さに種族は関係ないようで、警戒心の強い種をルーツに持つ獣人の姿の多くが町の中から消えていた。

 それでも、すれ違う獣人達はアーレンス達に対して敵対的ではなかった。気さくに声を掛けてくるものもいて、そのことがアーレンス達を安心させてくれる。もっとも、友人のような感覚で声を掛けられることが手放しで喜んでも良いことなのかは、微妙なところではあったが。


「アーレンス様」


 手を振る町の人々に手を振り返し、騎士達に労いの言葉を掛けながら、大門付近へと向かっていけば、各国の騎士達が連携を取って警護に当たりつつ、復興作業を行っていた。その中でコンラッド騎士団の指揮を執っていたテレジアが、アーレンス達に気付いて寄ってくる。


「お体はよろしいのですか」

「今のところは問題ないよ。騎士が作業してるんだな」


 このような場合は職人達の手を借りるのが定石だと思うのだが、大門付近には騎士以外の姿は見えなかった。そんなアーレンスの疑問に答えたのはテレジアではなくアンゼルムだった。


「オレの指示だ。あの男達に続いて似たような真似をするバカは必ず出てくるからな。その時に民がいては被害も広まる。……今の人員では民に犠牲が出かねないからな。今朝、職人たちに説明をして納得してもらった」

「なるほどな~」


 流石俺の兄上。アーレンスは先を考えて行動している兄を誇らしく思う。

 同時に、その対応をせざるを得ないことに苛立ちも覚える。アーレンス達はバタールで獣人排斥の動きが広まっているという情報を知っているとはいえ、確たる証拠はまだない。獣人の住む大陸が近い国で、国家主体となって動くには獣人排斥はリスクが高すぎる。他国を一気に敵に回すような真似はバタールだって避けるはずだ。だからこそ、ギルドを動かすだろう。依頼主を適当に見繕うことも始末することも容易に違いない。それが依頼をこなす冒険者になれば更に楽になる。表面上獣人排斥を取り締まる動きを取られてしまえば、コンラッドを始めとした近隣国家は他国であるバタールに介入することなど出来るはずもない。


「本当に厄介なことになってるんだな」

「ああ。だからこそ、オレたちはヴリエンドと連携を取れるようにしておかなくてはな」


 アンゼルムはアーレンスの肩を叩く。


「ヴリエンドとの友好関係はお前次第だろう。……頼りにしている」

「いや~、あいつがそれとこれを一緒に考えるとは思えないけどな~」


 気高き親友の姿を脳裏に浮かべて、アーレンスは苦笑する。

 親交が深いからこそ分かる。彼は自身の感情と政治的な視点は切り離して考えることの出来る男だ。だからこそ、今度のパーティでは国の代表として相応しい振る舞いをしなければならない。今回の件の説明も含めて。


「ゼル兄上だって分かってるくせに」

「ふ、そうだな」


 その後はアンゼルムとともに、警護と作業に当たっている騎士達に労いの言葉を掛けて回る。途中で、作業の邪魔になっているような気がして不安になっていたアーレンスだったが、一人の若い騎士が「作業しながら会話するのは不敬に当たるで、逆にサボれて助かってます」と笑いながら言ってくれたことによって気が楽になる。


「本当か? なら、良かった……俺は兄上たちと違って出来ることが少ないからさ」

「いや、アーレンス様は普通じゃないっすか? おれ、騎士団に入ってびっくりしましたよ。なんで王子様がおれたちより強いんだろうって……その点アーレンス様はちゃんと仕事させてくれるんで、やりがいあります」

「兄上たちは例外も例外だから……。でも、そう言ってもらえると助かるな。これからも期待してるよ」

「はい! ……ところで、もう行かれるんですか? もう少し休憩させてもらえると嬉しいっす……テレジア様、細かいしうるさいし……疲れるんですよね」


 その言葉に笑うアーレンスだったが、背後からやってきたテレジアに騎士共々怒られてしまう。それだけに止まらず、怒り心頭のテレジアによって、何故か鍛錬と称してアーレンスまで作業をさせられる羽目になるのだが、それについては機会があれば語ることにしよう――。

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