1‐6
「……さて、アレン」
「な、なんでしょうか」
「反省会だな」
少女の姿が完全に見えなくなってから、アンゼルムが口を開いた。その表情からは感情を読み取ることが出来ずに、アーレンスは身構える。
「反省会、ってなんの……?」
「今の対応についてだな」
「前を見てなかったこと? ……本当にごめん」
自身の不注意で、見ず知らずの少女に怪我をさせるところだったことは素直に反省しなくてはならないだろう。だが、反省会と称するほどのものだろうか。そんなアーレンスの心を読み取ったのは、アンゼルムではなくテレジアだった。
「そうではありません。お言葉ですが、アーレンス様には想像力が欠如しておられますね」
「えっ……そこまで言われるのか……?」
思わずアンゼルムを見やれば、彼は首肯してみせた。どうやら今自分の味方はいないらしい。
「兄上が甘やかしすぎたな」
「アンゼルム様、貴方も人のことは言えませんよ。助け船を出していたではありませんか」
「……オレはぶつかる直前まで待った。兄上だったら、そもそもあのような状況にすらさせないぞ」
「そうかもしれませんが、今は関係のないことです。……アーレンス様、何が良くなかったのか、お分かりですか」
テレジアの厳しい視線にたじろぎながらも頭を働かせる。
二人の反応を見るに、アーレンスの不注意は当然のことながら、それ以降の対応にも問題が多くあったということになる。だが、アーレンスには思い当たる節がなかった。
「……えぇ?」
首を捻るアーレンスだが、周囲はそれを見ているだけで答えを教えてくれる様子はなさそうだ。
(なんだ、なにが良くなかった)
必死に考えていると、近くで女性の悲鳴らしきものが聞こえる。
「私の硬貨を返しなさいよぉおおお!!!」
その声に一度思考を中断して、音の方へと視線を向ける。すると、一人の少年を追う獣人女性の姿があった。耳に届いた内容から察するに、少年はスリであり、女性は被害者なのだろう。
「あ、これか……?」
「アレン!」
「あっ、そうだ。……誰でもいい、彼を捕らえよ!」
アーレンスはあり得たかもしれない可能性に気付きかけたが、それを掻き消すようにアンゼルムに名を呼ばれ、慌てて騎士に指示を出す。もっとも、指示というにはお粗末すぎたが。
素早く動き出した騎士達によって、少年はあっという間に捕らえられる。悲鳴を聞いていた人々が多かったのか、常駐の騎士達もやってきたので少年のことはそちらに任せて、アーレンス達は再び町を歩き始めた。背後で聞こえる、またお前かという声は聞こえないふりをして。
「アーレンス様はまだ上に立つ心構えがなっておりませんね」
「アレンのせいじゃない」
「ええ、分かっています。これにつきましてはアレクシス様にしっかりと抗議させていただくつもりですので」
「テレジア、ごめん。頼りなくて……」
「いえ、アーレンス様のお体のことを考慮すれば致し方ないことではあります。どちらかといえば、アレクシス様に問題がありますので。……とはいえ、任は任です。しっかりと果たしてもらわなければなりません」
お分かりですね。
テレジアの言葉に首肯する。
「そんなに気負わなくもいい。ある程度編成は任せるといいつつ、テレジアを寄越したんだ。恐らく最初から兄上はテレジアにお前を教育させるつもりだろう」
「えぇ……それはそれでどうなんだ……」
「まったくです。あの方らしいといえばらしいですが。……ところで話を少し戻しますが、アーレンス様はご自身がされた対応の危険性について、ご理解いただけたでしょうか」
「……少しは?」
なんとなくではあるが、二人が言いたかったことについては思い当たるものを見つけたような気がする。スリの少年のおかげで、というのは、きっとあまり良くないことだろうが。
「あの子がスリとか……もっと言えば、俺の命を狙うような相手だったかもしれないってことだよな」
「その通りです。しかし、それだけではありませんね。アーレンス様はあの時彼女の命すらも危険に晒す行為をされています。何故、アンゼルム様が護衛を付けさせたのか、お分かりですか」
その言葉に、もう一度思案する。
あの時アーレンスは何をした。どこで、何を。それを思い出して、顔から血の気が引いていくのが分かった。
「俺……あんな人通りの多いところで……硬貨をたくさん渡したな……」
まだ五つになっているかも分からないような小さな獣人の少女に、多くの人々がいる中で、アーレンスは花の値段よりも遥かに多い額を手渡している。小さな体で、わざわざ境界線の方まで出稼ぎに来なければならないような少女に。スリで生計を立てていたのだろう少年だっているような場所で。
「気付いたなら良い。オレたちも綺麗なものしか見せてこなかったからな。……だが、もうすぐお前も二十歳になる。今までのように綺麗なものだけというわけにはいかないだろう」
アンゼルムが優しく頭を撫でてくれる。
その手の温もりに、いったいどれだけ甘やかされてきたのかを今更になって実感する。ずっと育ってきているはずの世界だが、もしかしたらアーレンスはこの世界の何もかもを知らないままなのかもしれなかった。
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