第3話 思い

「親分、高田の親分」


 俺はある思いをもって親分の元に帰ってきた。夜も深くなり、電灯がないと真っ暗な中。親分の別荘の扉の前で声を上げる。すると中でゆっくりと近づいてくる足音が聞こえてくる。いつもの親分よりもゆっくりとした足取りだ。


「どうした、木勢。忘れ物か?」


 夜に帰ってきたのにいつもと同じ対応をしてくれる親分。別荘の中が目に映るが明かりをつけないで来てくれたようだ。


「すみません、親分。少しシャバに用ができまして。その、暴れることがしばらくできそうになく」


 親分に正直に打ち明ける。本来なら言いつけを守れなかったら罰が待っている。しかし、今日の親分は機嫌がいいようだ。にっこりと微笑んで扉を大きく開く。


「木勢、お前が言いつけを守れないなんて滅多なことじゃねえな。中に入って理由を話しな」


 別荘に入り海が眺められるリビングに通される。明かりをつけてグラスにワインを注ぐ親分。緊張する空気だ。

 俺は緊張する中、今日あったことを話す。すると親分は『面白いな』と呟いてワインをグイッと飲み干した。


「お前が子供を気に掛けるとはな。それも高校生。そういう趣味があったのか? 前に女の店に行ったときは一切手を出さなかっただろ?」


「……俺が好かれるわけもないので。それと女の嫌がることはしたくねぇんです」


 親分の疑問に頭を下げながら答える。すると親分は少し考えたそぶりをして手を叩く。


「良いことじゃねえか。お前にはシャバで大事なものがないと思ってムショにいてもらおうと思っていたがそうか。守りたいものができたか」


 親分はそう言うと俺の肩に手を置いてくれる。暖かい手だ。俺を守ってくれていた手。高田の親分は両親を亡くした俺を息子のように可愛がってくれていた。他の同僚たちもそうだ。

 親孝行をするなら親分に、俺たちはそうやって組を維持していた。町を追い出されてもその心は変わらなかった。


「しかし、人を攫うか。ひと昔の外国のようなことをする奴らがまだいるんだな。今は監視カメラもいたるところにある。捕まらないほうが不思議なのにな」


「はい。素人の子供のような奴らです。黒いライダースーツを着ていましたし、そういうのにあこがれる時分何でしょう」


 親分の疑問に答える。ヒーローにあこがれて全身タイツを着るとかそういう子供の頃は誰にでもある。星野を狙っているのだから若い男だろ。


「(最後の仕事にはピッタリだな)よし! 木勢。高田組は全面的に協力するぞ。そのお嬢さんを護衛しろ」


「え!? きょ、協力ですか?」


 親分が少し呟いて声を上げる。思わず驚いて聞き返してしまう。


「な~に。俺達は根はいいことをするために集められた者達だぞ。知ってるか? 戦後、アメコウに支配されそうなところを自警団となって集まったのが俺達なんだ。良いことをしてもいいんだ。それにな、この世界ってやつは絶対的な悪はいても、絶対的な正義なんていない。正義は孤独だからな。そんな強靭な人間はいないんだ。それなら孤独じゃない正義となって市民を守るのもいいんじゃねえか? まあ、金にはならねえけどな」


 話し終わるとニカッと笑って親分は嬉しそうに肩を叩いてくる。日本のために集まった集団か。俺の今までやってきたことを肯定することはできない。だが、これからすることをいいことにすることはしていいんだよな。


 それから俺は同僚と共に星野の身辺を調査。少しずつ星野の経歴がわかってくる。

 父子家庭、高校でのいじめによる中退、体にあざ。彼女の様子から信じられないような事実の数々。彼女はこんなことがあったのに明るく接してくれていた。

 最初は名前を知ってしまったからという軽いものだったが、今は違う。俺がヤクザだと知ってもあいつは優しく、普通に接してくれた。あいつを守る、俺の決意が固まる。


「いらっしゃいませ~」


 星野と出会って一週間後の夜、今日も星野はコンビニでアルバイト。俺は星野から見えない位置で監視中。

 星野のほかにも確かに一人、外人が店にいる。調べた情報ではブラジル人らしいな。チャカの音は聞こえていたと思うがなぜ警察に通報しなかったんだ? 少し話してみる価値はあるかもしれないな。もしかしたら奴らの仲間かも。


「ルースさん。お疲れさまでした」


「おつかれ~。気を付けて~」


 コンビニから出てくる星野。つたない日本語で見送るルース。同僚に星野の警護を任せてコンビニに入る。煙草を頼むと死んだような目で煙草を取り出すルース。


「あの時、銃の音は聞こえていただろ? なんで警察を呼ばなかった?」


 俺はルースに話しかける。すると彼は少し考えると死んだ目のまま答える。


「僕の国ブラジル。銃の音毎日してた。パン、パンって。ある日、その事を気にした日本人、外に出て行って人を襲っていた人助けようとした。そうしたら、パンって……。それから僕は銃の音がしたら関わらないことにした。電話もしない」


 ……そういうことか。だから死んだような目で俺に応対していたのか。星野を助けた日もそうだった。死んだような目で煙草を取ってくれた。まだまだ若いっていうのに、日本の闇で過ごしていた俺よりも闇を知ってる。


「つまらねえことを聞いちまったな。これは駄賃だ」


「星野さん助けてくれてありがと。あの人良い人、また守ってあげてね」


 煙草代とは別に札を渡すと嬉しそうに握りしめるルース。少し手が震えている。俺が怖かったんだろうな。

 どんな国に生まれようと人の種類は変わらない。弱い人、強い人その二つだ。ルースは弱い人、俺は強い人。弱い人は強い人を恐れる。恐れるあまり、標的になってしまう。星野はどっちだ? 強い人だと思った、しかし現実は違う。

 虐められる弱い人だった。でもなぜ? あいつは人を姿かたちで区別するようなやつじゃねぇ。俺達をさげすむような眼で見てきた奴らじゃねえんだ。腑に落ちねえ。

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