第2話 オーシャン

 夜の風が煙を運ぶ、浜辺前の駐車場に腰を落として海を見る。海はいい、死の香りを運んでくるから。感傷に浸ってる俺と違って星野は同級生とするような話をしてくる。あの子はあの子のことが好きとか、襲ってきたやつらはモテないんだろうとか。

 無言で聞いていても楽しそうに話す。俺は無視をしているだけなんだがな。


「それでね」


「いつまでいるんだ?」


 次の話に入るのを阻止するように言葉をかぶせる。星野は驚きつつもにっこりとほほ笑んで新しい話題に入る。俺は思わずため息をついて煙草に意識を向ける。

 波のように終わりのない話を続ける星野。次から次へと話題は尽きない。凄いとしか言いようがない。俺は5分も会話を続けられないっていうのに。


「おじさんの名前は?」


 星野が名前を聞いてくる。俺は無視して煙を吸う、めいいっぱい吸ったら星野に向けてはなった。

 再度背中を向けて躱す星野。してやったりという顔を向けてくるので、再度煙をかけると咳き込んだ。思わず笑ってしまうと咳き込みながらも星野が満面の笑みに変わる。


「笑った~!」


 どうやら、星野は俺を笑わせたかったようだ。それが成功して子供のように笑う。

 まったく、笑ったくらいでそんなに喜ばれたら恥ずかしくなるだろ。顔が熱くなるのを感じて顔を片手で覆う。


「私は”星野 海”あなたは?」


「あ? ……木勢だよ」


 星野は嬉しそうに自己紹介をして名前を聞いてくる。少し考えて名字だけ教える。すると星野は嬉しそうにガッツポーズする。何がそんなに嬉しいんだか、こっちが恥ずかしくなる。


「木勢さんは刑事さんなの? 銃持ってるし」


「あ? 刑事……ぷっ、はははは。俺が刑事ってか」


 星野の声に思わず笑う。俺みたいな碌でもねえ奴が刑事。間違えられるだけでも光栄だな。笑いすぎて涙が出てくる。


「そ、そんなに笑わなくても」


「笑わずにいられるかよ。日本の警察がグロックなんて持ってるわけねえだろ」


 俺の持ってるチャカはグロック17だ。日本の警察が使っているのはリボルバー式のM60。アニメなんかじゃ破壊力の強い銃を持っている警察もいるが、世界が違うからできることだ。殺傷能力が低い銃を日本は好んで使っている。

 俺達、裏の人間は装弾数にこだわりを持ってる、グロック17はマガジンに17発、予め銃に1発入れておけば18発入れられる。つまりは一人の鉄砲玉を送り込めば、運が良ければ18人仕留められるわけだ。


「じゃ、じゃあ。なんで木勢さんは銃なんか」


 星野の疑問を聞いて俺はにらみを利かせる。それは知らないほうがいい話だ。そういう意図でにらみを利かせていると星野はポンと手を叩いて頬に十字の傷を作って見せる。そして、『こっちの世界の人』と言ってくる。俺は思わず大きなため息をつく。


「わかったなら早く帰れ。碌なことにならねえぞ」


 俺はそう言って犬にやるようにシッシと手を払う。星野はその手を取って握手を交わしてきた。


「私は高校生の星野 海です」


「あ? 高校生? 中学生じゃねえのか?」


「はぁ!? 中学生がバイトなんてしないでしょ!」


 握手をして改めて自己紹介をしてくる星野。中学生みたいな顔してると思っていたら高校生だった。俺の時代は中学生が新聞配達のバイトをしていたもんだ。だから中学生だと思ったんだがな。


「そんなに子供っぽいかな~……」


 残念そうに自分の身なりを見つめる星野。発育がいいから大人に見えるが性格が子供っぽいな。おっと、話し込むと未練が残る。そろそろ強制的に帰すか。


「ほら、これ以上俺なんかと一緒にいたら大変なことになるぞ。送ってやるから帰れ」


「大変って、助けてくれたでしょ。今だって話し相手に」


「あ~、話すな話すな。送ってやるから帰るぞ。家どこだ?」


 なおも話し始める星野。話を遮って立ち上がる。渋々といった様子で星野もついてくる。

 歩きながら住所を聞く、一駅先の住所。電車に乗るほどの距離でもない。徒歩で向かうことにする。


「木勢さんの家はどこなの?」


 歩いている間、何でもない雑談を繰り返し話す星野。不意に俺の家の話をしてくる。『なんで俺の家を知りたがるんだ』と伝えると星野はにっこりとほほ笑む。


「だってずるいでしょ。あなたは私の家を知っているのに私はあなたの家をしらないなんて」


 そんなことを言ってくる星野に大きなため息が出る。俺の知り合いなんて知られたら碌なことにならない。銃の音が2発鳴ったところで世間は騒がない。それだけ日本は平和だ。日本人は自分に危害が及ばない大きな音に無関心だからな。

 だが、俺みたいなやつと知り合いなんて言う噂が流れたら世間は星野を叩くだろうもちろん俺のことも。俺は首を横に振ってこたえる。


「俺は世間が嫌う存在だ。仲良くしようなんて思うな」


「……世間なんて関係ないよ。だってあなたは私から見たら正義の味方だもん」


 正義の味方? 星野の言葉に首をかしげる。確かに星野の事を助けたがそんなことを言われるとは思わなかった。

 正義の味方、いわゆるヒーローだな。蜘蛛人間とか別の星からやってきた全身タイツの人間とかだ。俺は普通の人間だ。ナイフで刺されても死ぬ。

 警察の反対の人間の俺がヒーロー?


「不思議そうな顔をしてる。おかしな話じゃないでしょ。だって攫われそうなときに助けてくれたんだよ。銃を使っても人を助けるために使った。だから、誰も通報してないんだよ」


 星野は必死に話してくれる。それは全部星野の感想だ。世間は大きな音が鳴っても様子を見ることはあっても干渉しようとは思わない。警察を呼んだだけで逆恨みされることを避ける。……これも俺の感想か。


「とにかく、私にとって木勢さんは私のヒーロー。改めて、ありがとう」


「は? おま!?」


「ふふ、初キッスだよ」


 考え込んでいると不意に頬にキスをしてくる星野。顔を赤くさせて『あれが私の家。またコンビニに来てね』と言って走っていく。扉を開いて家に入るまで俺に手を振る星野。思わず俺も答えてしまう。

 また来てねか、まだあきらめていない奴らがいるかもしれねぇっていうのにな。

 ……親分は期限を延ばしてくれるだろうか。

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