オーシャン ザ スモーク
@kamuiimuka
第1話 スモーク
「ふぅ……」
煙草はいい、自分の肺を焼いてくれた煙が天に昇っていくから。
俺は今まで碌な生き方をしてこなかった。人を脅し、人からものを奪い、場所まで奪ってきた。そんな俺をじっくりと焼いてくれる煙草、相棒であり、死神のこいつは手放せない。
俺は木勢 竜太(キゼ リュウタ)。東京で地上げ屋をしていた。時代錯誤も甚だしい、思わず笑っちまう。
それでも親分から褒められると嬉しいもんだった。しかし、次第に世間からの風当たりが強くなり親分も俺たちも都内から追い出されちまった。今は海の見える親分の別荘でくつろぎ中だ。
「おい、キゼ」
気持ちよく煙草で肺を焼いていると声がかかる。親分だ。
親分はチャカを手に持ってほほ笑んでくる。俺は嫌な予感がした。
その予感が的中する。
「ちょっと大暴れしてこい。しばらく帰ってくるなよ」
親分がそう言ってチャカを手渡してくる。しばらく帰ってくるなというのは捕まって来いということか、終わりだな……。
最後の外の風景、目に焼き付けるために浜辺を歩く。
今思えば碌な人生じゃなかった。人に恨まれるだけの人生、親孝行をする親も死んじまった。俺に残されているのはこのチャカと2万足らずの金だけ……おっと煙草もあったか。
走馬灯のように考えが頭をよぎる。誰もいない、秋の海。楽しそうにはしゃいだであろうキャンプの炭に寂しさが募る。ふと、学校の風景が頭をよぎる。
義務教育で集められた子供達の中に俺もいた。確かにそこにいたんだ。小学生の頃は周りと馴染んでいた。楽しかったんだ。馬鹿なことをして、馬鹿笑いして……楽しかった。
「学校か……中坊から行ってねぇや」
義務教育なんて馬鹿にしてた。だけど、あの頃に戻れて学校に行けていたら、こんな結末にはならなかったのか。
海に呟き後悔が頭に染み付く。一度後悔が染み付くとしばらく動くことができなかった。日が傾き夕日になるとやっと動くことができた。その理由が俺らしい。
「あ、煙草がねぇ」
相棒を切らしてしまったんだ。煙草は二箱必ず常備してる。一日一箱しか吸わないはずなんだが、気づいたら二箱も吸ってた。さらに死が近づく感覚に陥る。
「いらっしゃいませ~」
煙草を買いにコンビニに入る。そこには若い男が数人で買い物をしていた。妬ましく睨みつけると顔を背けてくる。俺がそんなに汚らしいか……。俺は無視をして煙草をレジの女店員に頼む。
「あ、あの」
頼んだ煙草をレジに置く女店員。するとなぜか手を握ってくる。女は口を動かして若い男たちに視線を移した。
”助けて”か? 女の口の動きを真似してみると女は大きく頷いて答える。俺は慈善活動家じゃねぇぞ。
「あ……」
金を置いて煙草を受け取ると俺はコンビニを後にする。女の悲しそうな声が耳にこびりつく。
コンビニを出てすぐに俺は煙草に火をつける。煙草はいい、俺の寿命をさらに削ってくれる。いい気分に浸って、コンビニの中を見据える。若い男たちが女店員に声をかけている。なるほど、ナンパか。
集団で女をナンパ、コンビニの外にはミラーガラスのハイエース……。まったく、最近の若い奴らは。誰に教わってんだか。
「はぁ~、ビールでも飲むか」
シャバでの最後の人助け、悪魔様も許してくれるだろう。
コンビニに戻り若い男たちと女店員の間に入る。
「ビール持ってこい」
ドスの利いた声をかける。男達は顔を青ざめさせる。ついでにチャカも見せてやるか。すると男達はコンビニから出ていった。本物なんて見たことねぇだろ。ビビリが。
「す、すみません。ありがとうございます」
お礼を言ってくる店員。俺は無視をしてビールをレジに置く。恥ずかしそうに顔を赤くさせる店員。”星野”か。店員の名札を見て心にとめる。
まだ中坊くらいか、それにしては発育がいい。今のガキはいいもん食ってるからな。
会計を済ませてコンビニを出る。ハイエースはどこかへ行っちまったな。タイヤをパンクさせるくらいしておいてもよかったか。って俺は正義の味方でもなんでもねぇ。むしろ悪の方だ。人の心配なんて柄じゃねえ。
「……あれで諦めるわけもないか」
コンビニの前で座り込んでビールを腹に流し込む。あたりを見回しながら見ているとハイエースが目に入る。ヘッドライトを消して身を隠すようにこちらを伺っているように見える。
まったく、一度しくじったら別のところに行けよ。女の名前を知っちまって何かがあったなんて聞いたら後味が悪すぎる。仕方ねえ……。
「おい」
チャカを抜きハイエースに詰め寄る。ハイエースはそれを見てヘッドライトをつけると走り去っていった。度胸がねえやつらだ。俺が若いころは相手がナイフを持っていても突っかかったもんだぞ。ってさすがにチャカはなかったか。
「はぁ、まあ、乗り掛かった舟だ。星野が上がるまで見ていてやるか」
こっくりこっくりと船をこぎながらも煙草の煙を天に吐く。
この煙草の箱がなくなったら俺の命がなくなる……なんてな。
そんなすぐになくなる命なんてねぇ。事故でもない限りは死ねねえんだ。
夕日が落ちてあたりが暗くなる。コンビニの光だけが俺を照らす。未来までは照らしてくれねぇよな。
「あ……」
そんなことを思っていると裏手から星野が出てきた。俺はそれを確認してコンビニから離れる。また浜辺に行くか。って煙草がねぇ……。
星野と顔を合わせるのは気まずいがコンビニに戻って煙草を買うか。そう思って踵を返す。するとそこにはフルヘルメットに黒いライダースーツの男が星野の前に立っていた。
「きゃ!?」
ライダースーツの男の狙いは星野だ。ハイエースの仲間か。男に襲われる星野、しばらくするとハイエースが現れる。俺はなりふり構わず発砲する。
ライダースーツの男の足に一発、ハイエースのフロントガラスに一発。ライダースーツの男は足を引きずりながらハイエースに乗り込んでいく。今度こそ走り去っていくハイエース。
「まだあきらめてなかったか」
相変わらず詰めの甘い。そう思わせられてしまう事件だ。
星野の無事を確認して何もなかったかのようにコンビニに入る。
星野に代わって別の外国人の店員に変わっている。いつの間にか裏口から出勤してきたんだろう。それとも眠くて気づけなかったか。どちらでもいいか。
今度は煙草を二箱頼んでコンビニを出る。
「あ、あの」
コンビニを出ると星野が声をかけてくる。俺は無視をして浜辺に歩き出す。
それでもしつこく声をかけてくる。銃もしっかり持っているのを見ているのについてくるか普通。今どきの若い奴は怖いもの知らずだ。
「浜辺に行くんですか?」
横を歩いてくる星野が歩いている方向を見つめてそういう。俺は再度無視をして煙草に火をつける。星野はそんな俺に『あ~歩き煙草はいけないんですよ~』と気さくに話しかけてくる。それも無視していると星野は横を歩くのをやめた。やっと静かになる、そう思っていると。
「コチョコチョ!」
「ブッ!? な、なにしやがる!」
わきの下に手を入れてきてくすぐってきやがった。嫁入り前の女が男のわきの下を触るんじゃねえ。
「無視するのは良くないです。助けたなら最後まで助けてください」
「あぁ?」
星野の言葉にあきれて睨みつける。こいつは俺をなめてやがる。俺は苛ついて煙草の煙をめいいっぱい吸い込んで吐きかけてやった。星野はわかっていたかのように背中を向けて躱す。
「煙たい人嫌い」
「それは大いに結構だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます