第42話
「何だ!?今のは攻撃か?」
「交通事故ですか?」
美鈴の矢が岩を砕いた音は、庁舎内にいた翔一郎と康平の耳にも届いた様だ。
制服の翔一郎は攻撃を疑い。白衣の康平は交通事故を想定し、それそれ外に駆け出して来た。
しかし、自分の力に戦慄している最中の美鈴に、二人の言葉は届かなった。
(私の体はもう……)
衝撃だった。
例え弓の達人であろうと、矢で岩を砕くなんて芸当を、普通の人間の力で出来る筈が無い。
それを自分はやってしまった。
自分の力は人間のそれではない。
ここまで明確な形で、その現実を突きつけられたのは初めてだった。
体は人間でなくなってしまった。
心がその現実についていけない。
震えが止まらない両手を、下を向いたままの美鈴が見つめていた時、その両手を熱いくらいの体温をした両手が握る。
美鈴は思わず顔を上げた。そこには黒髪に端正な顔立ちをした愛しい男の、弱さが垣間見える表情があった。
「……怖いよな。その気持ちは良く分かるよ。俺だって、時々この体温が。人間なら命を落とすほどの体温が無性に怖くなる」
「雷人……ごめん。心配させちゃったね。でも大丈夫だよ、雷人。それだけ体温が高ければ、絶対に風邪は引かないから」
笑顔で言いながら美鈴は悔やんだ。
自分が弱いばかりに雷人にも、言いたくなかった筈の弱さを吐かせてしまった。
せめて雷人の不安に寄り添おう。美鈴は固く自らに誓う。
「何だよそれ……」
「それに、死が私たちを分かつまで、私は絶対に雷人の隣にいるから。約束する」
「……俺もだ……何だか気が楽になった。ありがとう美鈴」
「いいよ、これくらい。今回も私は、雷人にこうやって助けられているからね。持ちつ持たれつだよ」
怖いのは自分だけではない。
気がつけば、手の震えはいつの間にか収まっていた。
不安が一掃された訳ではないが、雷人が隣にいれば大抵の事は乗り切れる。そして私も雷人の心の支えであり続けたい。
これまで数え切れないくらい、繰り返し唱えて来た本懐を美鈴は、今一度再認識する。
美鈴と雷人が話している間、翔一郎と康平への説明は、恵が一手に引き受けてくれていた。
「最初は敵の攻撃かと思ったが、何事も無くて何よりだ」
「すいませんでした、隊長。騒がせてしまって」
予期せぬ事とはいえ、自分が出した結果である。無責任な振る舞いをしたくなかった美鈴は、素直に頭を下げた。
「……弓矢で岩を砕くという発想自体、人間から出てくる筈がない。予測出来なくて当然だ。気にするな」
人間であると言ってもらえた様な気がした美鈴は、胸が熱くなるのを感じた。
「いや、でも凄い威力ですね。金城伍長の力もありますが、武製機で創り出した武器の性能は高い。これなら竜の硬い鱗だって貫けるかもしれません」
康平が研究者の
熱心に矢じりを観察している。
武製機の担当で、金属工学が専門の康平なら分かるが、恵が矢に興味津々の理由が美鈴には分からなかった。
「……幾ら強力でも、
難題であるほど燃える。
いつもの恵だと思った美鈴は、声を掛けない事にした。
無表情だが、やれやれと顔に書いてある翔一郎が軽くため息を吐いた。
「隊長。もう一つ要望があります」
「弓の練習場か?」
「はい。それも、私が何回射っても壊れない物をお願いします」
「分かった。すぐに取り掛かろう」
そう言い残し翔一郎は、庁舎内へと入って行った。
残る午前中の課業時間を美鈴は、弓の練習をして終えるつもりだったが、予期せぬ出来事によって中止を余儀なくされた。
「美鈴」
さて、何をしよう?
隙間時間をどう埋めるか思案している美鈴に、呼び声が掛けられる。
「……やる事が無いなら、俺と組み手でもやらないか?人間、体を動かすか、寝るかで大抵の悩みは吹き飛ぶからな」
「そうだね。やろう」
弓矢の実戦で求められるのは、いかに早く射ち、命中させられるか。
その後の一ヶ月間の大半を美鈴は、戦闘形態での弓矢の特訓に費やした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます