第43話

「さて、今日は目一杯、羽を伸ばすか」

「伸ばすか」


 雷人の言葉の最後を美鈴は繰り返す。

 未来開拓作戦の決行を明後日に控えた今日、雷人と美鈴は最後の休暇をデートに当てていた。

 翔一郎の許可を得た上で、海鐘市街地までは装甲車で向かい、市街の中にある駐屯地内で下車。そこから徒歩で街中に雷人と美鈴は繰り出すも、前回のデートとの違いは明確かつ即座に現れた。


 美鈴の姿は、老若男女問わず、平日の街を行く人々の目を引いていたのだ。注目度は明らかにこれまでの比ではなかった。

 円筒形の帽子と外套がいとうは白。その下に身につけている、ゆったりとした紺色の女袴は、美鈴が歩いても破れない様にする為だ。


 衣服も充分に可愛いと雷人は確信しているが、やはり美鈴の銀髪と金目が注目を集める一番の要因だろう。

 地球のほとんどが、地球外生命体勢力の支配下にある。事実上の断交状態にある中で、外国人旅行客や移住者が、海鐘島を訪れる事は皆無だった。


 また、島で賄える物資は限られているので、生きる為に必要な物品に、最優先で資源が回されるようになっている。

 なので髪染めといった、生きるのに必要ではない製品にまで、貴重な資源が回される事は無い。


 それ故、ほとんどが黒髪の日本人しかいない中で、美鈴の容姿は唯一無二。美しい顔立ちをしている事も相俟って、街のどこへ行っても美鈴は、人々の視線を一身に集めていた。


「雷人、お茶菓子食べていこう」

「いいよ」

「すいません」

「いらっしやい、ませ……」


 駅前にあるお茶と和菓子を売る店でも、中年女性の店員は美鈴を、極めて珍しい物を見ているかの様に対応する。

 雷人はその対応が少し気に障ったが、当の本人が気にした素振りも見せずに注文していくので、口にはしなかった。


 白金級の金属生命体と融合した事に由来する髪色と目の色だけに、奇異の視線を美鈴は嫌がると思ったが、今のところその様子は見られない。

 内心で雷人は安堵した。


 美鈴は服だけでなく、座る椅子も選ぶ。

 駅前の街路樹の周囲に、長方形の石の椅子があったのでそこに座る事にした。

 しばらく雪は降っておらず、街中に雪は少しも残っていない。

 それでも雷人は、少しでも美鈴の服が汚れたり破れたりしないよう、彼女が座る位置に広めの布を敷いた。


「ありがとう雷人」


 そこに美鈴はそっと腰を下ろす。


「これくらいどうって事無いさ」

「ううん。雷人の気遣い凄く嬉しいよ」


 心から嬉しそうな美鈴は、買ったばかりの温かいほうじ茶と豆大福に手を伸ばす。

 幸せそうに舌鼓を打つ、恋人の横顔を見た雷人は、心が熱くなるのを感じた。


「ありがとうを言うのはこっちだよ」

「……」

「美鈴がいなかったら、今この時の幸せは無かったろうって事。竜の肉を食べた後、どこかの山の中で一人、仙人みたいな暮らしをしていたかもしれない。俺がここにいるのは、美鈴が隣にいるからだ」


「それは私もそうよ。もし雷人がいなかったら、私はあの時に諦めていたかもしれない。融合魔法を使わずに、恵さんに撃ってと言っていたかもしれない。だから私も雷人の隣が特等席なの」


 注目の的でありながら、それを全く気にしていなかった美鈴の気持ちが、今なら分かる気がした。

 今この時も、美鈴と一緒にいるからだろう。雷人もまた通行人の視線を受け続けている。


「人生が充実していれば、人の目は気にならないんだな」

「そうね。今が充実していれば、未来に繋がるこの幸せを壊す。わざわざそんな事をする必要なんて無いもの」

「…………やっぱり俺の恋人は最高だな」

「褒めたって何も出ないわよ……今の間は何?また何か変な事でも考えてない?」

「考えてないって。言葉通りの意味しか無い」

「本当に?」


 美鈴の金色の目から発せられるのは、刺さる様な視線。

 弓術に取り組み始めたせいか、最近の美鈴は眼力にも力が籠もるようになった。

 ツンの方ばかり強化されていく。

 たまにはデレてほしい。出来る事なら寝台の上で。

 雷人は切に願った。


「……まあ、良いわ。私も雷人がいるから今が充実しているもの」

「俺もそうだ……美鈴がいない人生なんて考えたくもない」


 この思いは減るどころか、年月を積み重ねていく毎に益々強くなっていく一方だった。

 そこは美鈴が言う通り、充実を積み重ねているからだろう。

 例え体が根本から変わっても、心が変わらない限り、この思いは続いていく。

 雷人はそう確信していた。

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