第40話

 海鐘島が抱える問題の一つに、人口増加に由来する一部物資の不足や、人口過密などの問題があった。

 人類種の存続と、軍の戦力を維持する為にも、人口増加政策は不可欠だ。

 しかし、島で支えられる人数には限界がある。


 飽和する人口を移住させる為の、新たな人類圏の開発が急務だった。

 場所は海鐘島から、日本海を西へ二百キロ進んだ先にある神屋島かみやしま

 場所もとっくに決まっていたが、一つの大きな障害が長年に渡って、計画の実行を阻んでいた。


「眠る暴竜……」


 午前の戦闘訓練中に、美鈴と共に翔一郎に呼ばれた雷人が、障害の名を口にする。

 眠る暴竜ジャンダルム。

 大陸の彼方。西の端。そこで使われているというフランス語で、憲兵を意味するジャンダルム。

 城を守護する憲兵の如く、島の何かを守るように一箇所に鎮座している事が、その名前の由来だった。


 宝石魔将ローゼベルフに比肩するとも言われているこの怪物が、海鐘島を襲撃した事は過去に一度も無い。神屋島に居座っている理由も不明だった。

 海鐘島を襲わない以上、本来ならこちらから手を出さなくても良いのだが、人口問題解決の為には討伐しなければならない。


 将来的に何百万人もの人口を住まわせる計画である為、候補地は限られる。徒歩で楽々一周する事が可能な小島では、当然候補から弾かれる。

 海鐘島から比較的近いという地理的条件の良さも、別の島に変更することを困難にさせていた。


 討伐は何度か試みられたが、眠る暴竜の悪名が轟く手助けをしただけだった。

 神屋島人類圏計画は十年近くもの間、実行前の段階で、暗礁に乗り上げている状況が続いている。


「私が子供の頃から、神屋島人類圏計画は聞いていましたけど、未だに実行に移せていない原因だよね」

「そうだ。二人も知っての通り、海鐘島人類圏の人口は限界にある。次の人類圏を造る為の準備は出来ているのだが、眠る暴竜の存在が計画の遂行を阻んでいる。これの排除が君たちの次の任務だ」


 いつもより険しい表情で、眉間に皺を寄せている翔一郎が、雷人と美鈴に告げる。

 全ての討伐が失敗している故、その命令は死んでこいと言っているに等しい事が、そうさせている心因だろう。


 康平が新たな仲間になって一週間が経過した。

 一日休んだ以外はひたすら修行を積んだ結果、戦闘形態の持続時間は二人ともに二時間を越えた。

 武器防具精製機改め、武製機で雷人が創り出した日本刀は、高振動刃を何十回と叩き合わせたが無傷。五百を少し越えた辺りで、小さな刃こぼれが一つ発生したほどの強度だった。

 これならローゼベルフの赤玉剣にも引けを取らないかもしれない。少なくとも、前回と同じ轍を踏む事は無いだろう。


 戦闘形態の維持と武器の性能の両方において、以前より飛躍的に質は向上した。

 それでも雷人は、氷竜である事以外は全てが未知の相手に、勝てる見込みを持てないでいた。

 情報が少なすぎる。

 だが、戦うしか道は無いのも確かだ。

 となると、今すべきなのは、ジャンダルムの情報収集だ。

 暗中を可能な限り、明るく照らしたいのが雷人の本音だった。


「作戦名は未来開拓。了承したか?」

「「もちろんです!」」


 寸分の狂い無く、雷人と美鈴の了承の声が重なった。

 その様を見ていた翔一郎の眉間から皺が消え、微笑みが浮かぶ。


「師団司令部は今すぐではなく、充分な準備や作戦を立てて臨めと言っている。期限も特に設けないとの事だ」

「了解しました」


 雷人は軍隊流の相槌を打つ。

 作戦を決行する日時を現場の兵士に一任する。前代未聞の作戦だが、勝算の見通しが立つまで待ってくれる。正直ありがたいと雷人は思った。


「必要な物などの要望があれば、遠慮なく言ってくれ。突飛な物で無ければ速やかに取り寄せる」

「一つよろしいですか?」


 翔一郎の言葉に雷人は、砂鉄が磁石に引き寄せられたかの様に、即座に反応する。

 美鈴は何かをじっくり考え込んでいた。


「今あるジャンダルムの、全ての情報が見たいです。出来るなら、最新のものも」

「先に言われてしまったな。もちろん用意する。すでに無人偵察機を飛ばしての、情報収集作戦も行われている……金城伍長も何か要望があれば聞こう」

「……隊長。弓と矢をすぐに取り寄せてもらいたいです。武製機で創るにも、実物が手元にあった方がやりやすいですから」


「弓と矢……やはり銃の様な、大量の部品で構成される武器を、武製機にて創り出すのは難しいか」

「はい。この一週間、実弾の銃はもちろん光線銃まで。色々と試してみましたが、全てが不完全な物しか出来ませんでした。その点、弓と矢ならば、創り出せるかもしれません」


「分かった。すぐに用意する。他に必要な物があれば私か、副隊長に言ってくれ。話は以上だ」

「敬礼!」


 翔一郎が話を締めたので、雷人の号令にて二人は敬礼した。入軍時は同期の雷人と美鈴だが、伍長に昇任したのは雷人が先だった為である。

 次いで翔一郎が敬礼し、右手を降ろした事で雷人は「直れ!」と号令し、二人も右手を降ろした。


(どんな強敵であろうと、必ず美鈴と一緒に生きて帰る)


 雷人は固く心に誓った。

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