第39話

「色んな事にかんぱーい」


 特殊遊撃隊分屯地の食堂にて、六つの鋼鉄製の麦酒ジョッキが音を立てる。

 乾杯の音頭を取ったのは美鈴だった。

 新年会や、特殊遊撃隊の創隊記念。雷人と美鈴の生還。それに今日の武器防具精製機での大成功など。諸々を合わせての酒宴は、国旗降下後の、午後六時過ぎから始まった。


 面子は雷人。美鈴。翔一郎。恵。康平。そして、美鈴行きつけの焼き鳥居酒屋の店主である、植木亮うえきりょうが会していた。

 亮の年齢は四十代半ば。

 毎日風呂場で丹念に髭剃りを当てているという頭は、黒い頭巾で覆っている。

 上下濃い灰色の作務衣さむえ姿。焼き鳥を焦がさない様、細心の注意を払い、炭火で焼いている。


「いやぁ、本当に美鈴ちゃんが無事で良かったよ……おっといけねぇ。煙が目に染みたぜ」


 目に染みるほどの煙は立っていない。それにも関わらず亮は、嬉し涙を煙のせいにした。


「本当にその説は……」

「良いの良いの俺の事なんて」


 自身に否定的な言葉を言い出しかねなかった美鈴を、制止するかの様に亮は、団扇うちわを振りながら言った。


「ちなみに俺もそうなんですけどね」

「雷人はどうでも良いんだよ」

「どういう意味ですか」

「男が細かい事気にするんじゃねえ。どうせ雷人は、美鈴ちゃんを残して死なないんだろ?」

「まぁ、それはあながち間違っていないですけどね」

「全否定しないんですね……」


 康平が言外に理解出来ないと、呟くように口にした後でジョッキを少し傾ける。

 ゆっくりと飲む康平に、卓の反対側にいる美鈴が声を掛けた。美鈴から見て右隣に雷人が座っている。


「今日は久保田さんの歓迎会も兼ねているんですから。どんどん飲みましょう!」

「え、ええ。飲んでいますとも……彼女、酒が入るといつもこんな感じになるのですか?」


 左隣に座る恵に康平は、とっくに酒でたがが外れている美鈴に、軽く面食らいながらも答えた。

 恵の左隣に翔一郎はいた。五人が座る卓に隣接する形で、美鈴と康平が座っている側で亮が、焼台にて調理している。


「何だかんだで、二ヶ月以上ぶりの酒ですからね。美鈴がこんなに長く禁酒しているのを見た事ありませんし。その反動なのでしょうね」

「亮さん。お酒お代わり」


 美鈴が握っても壊れない、鋼鉄製のジョッキを掲げている美鈴が亮に注文する。

 陶器人形の様な、硬質的な美鈴の頬に、うっすらと朱が注がれている。

 金属で構成されているのに、人間と同じ生理現象を見せる美鈴の体だが、そこを追求する野暮な者は一人もいなかった。


「あいよ。同じので良いかい?」

「うん。同じので」

「……まぁ、本人が楽しいのなら、僕としては何も言いませんが……」

「久保田さんも、精製機の担当要員として正式に配属された以上、酒を飲んでいる美鈴には慣れた方が良いと思いますよ。恵さんが言うように、今日はいつも以上にご機嫌ですが」


 反対側から雷人が康平に話し掛けた。

 麦酒の苦みが苦手な雷人は、最初の乾杯の麦酒を早々に飲み干し、日本酒の熱燗を飲んでいた。


「今日はかなり機嫌が良いんですね……ああ、いえ。別に彼女に引いているという訳ではなくてですね」

「ほら。今日は兄ちゃんの歓迎会も兼ねているらしいから楽しむこった」


 慌てて弁明に走る康平の真正面に、焼き鳥の大皿を置きながら亮が、狼狽気味の康平に声を掛ける。

 次いで、酒が一滴も飲めない翔一郎が、緑茶の入ったジョッキを片手に、食べていた物を全て飲み込んでから口を開く。


「亮さんが言うように、今日は久保田さんも楽しんで下さい。亮さんも、毎日ここに来られる訳ではないのですから」

「残念だがそういう事だ。美鈴ちゃんの都合もあるから来ているのであって、俺も街に店を構えているからな」


 金属生命体と融合した事で、一トン以上の重さがある美鈴は、気軽に街に繰り出せなくなってしまった。

 亮の店にも足を運び辛くなった。

 そこで全ての事情を知った上で亮はこうして、たった一人の常連の為に調理器具の準備や、法的な手続きなどを済ませて出張居酒屋を開いてくれている。


 また一つ日常が戻って来た。

 美味そうに酒を飲む美鈴の、屈託の無い笑顔を目の当たりにした雷人は、内心で亮に頭を下げる。


「ほらぁ、さっきから顔が固いよ雷人。せっかく亮さんが来てくれたんだから。もっと食べよ。はい、あーん」


 その笑顔を差し向けながら美鈴は、塩だれのねぎまを一本、雷人の口の前に差し出す。理性の制御下にない今の美鈴に、羞恥心を理解しろと言う方が無理があるし、拒絶も実質不可能だ。

 観念して雷人は、未だに慣れない食べ方で焼き鳥を頬張る。


「うん。美味い」

「良かった。まだあるから食べて食べて」


 次に美鈴は鶏皮の串を摘む。

 胸焼けするほどの仲睦まじさを見せつけられた恵が零す。


「また二人の世界に入って!」

「言うなよ。いつもの事だし、恵も望んでいた事でもあるだろう」


 翔一郎は素知らぬ顔で、たれで焼いたつくねを食べた。


「それはそうだけど……」

「恵ちゃん。若い二人の邪魔は野暮だぜ」

「私だってまだまだ若いわよっ!」

「……今日一日で、この隊の人間関係がよく分かった気がします」

「あ、亮さん。次は私も雷人と同じ熱燗でお願いします」

「あいよ」


 こうして新年最初の酒宴は、終始賑やかに進んでいった。

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