第38話

 恵に続いて会議室に入ると、翔一郎と見知らぬ一人の中年男性が話をしていた。

 太めの黒縁眼鏡。寝癖が残る黒髪に無精髭を生やし、白衣はしわだらけ。お世辞にも清潔感があるとは言えない見た目だが、男の眼光の鋭さを雷人は見て取った。

 揺るがない何らかの意思や、信念の持ち主である事を示す目だった。


「こちらの方は国防研究所の久保田康平くぼたこうへい研究員。専門は金属工学で、金属生命体の研究に長年従事してきた方だ」


 翔一郎が紹介すると康平は、ゆっくりとした動作で、後頭部を左手で掻きながら立ち上がる。


「紹介に預かりました久保田です」


 言って康平は恵の次に、雷人に握手を求めて来た。

 美鈴はもちろん雷人の握力も、常人のそれを遥かに上回っている。乳幼児の手を握るくらいの慎重さで雷人は、康平と握手を交わしていく。

 その後で美鈴にも康平は、右手を差し出した。恐るおそる慎重に美鈴は康平と握手する。


「先の魔族軍侵攻の時のお話と、先ほどのお二人の特訓を見させてもらいました。私としても協力は惜しみません」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 見た目からは想像しづらい丁寧な物言いと、恐らくは雷人と美鈴の身体能力を心得た上で、臆する事無く握手を求めてきた。

 そんな康平に雷人は、掴みどころの無さを感じた。


「では早速本題に入りましょう……これを見て下さい」


 康平は足元の車輪つきの鞄から、機械と思しき同じ二つの金属の塊を取り出し、重そうに机の上に置いた。黒色で、大きさは闘球ラグビーの球一個分といったところだろうか。

 平らに近い以外は、形状もそれと似通っている。


「これは何ですか?」


 少しばかり楕円形をした金属塊を眺めた後で、雷人が問うた。


「これを簡潔に言うなら、武器防具精製機といったところでしょうか。金属生命体の指揮官が持っている物です。これはそれを鹵獲ろかくした実物になります」

「武器防具精製機……持ってみても良いですか?」

「ええ、どうぞ」


 美鈴は康平の許可を得てから、精製機を両手で持ち上げた。あらゆる方向からそれを眺めていく。

 雷人も美鈴に続いて手に取った。康平は重そうに持っていたが、雷人は小説の文庫本くらいの重さだと感じた。

 翔一郎と恵は少し離れた位置から、興味深そうに精製機を見ていた。

 数瞬の後、翔一郎が康平の顔を見ながら口を開く。


「文字通り解釈すれば、何も無いところから武器や防具を創り出す機械で合っていますか?」

「その通りです」

「金属生命体の指揮官は、何も無い空間から火器などを創り出すと聞いていますが、これがその為の機械なのですね」

「推測ですが、大気中や土中の金属成分を精製機がかき集め、圧縮。任意の形状に変化構成しているものと思われます」

「なるほど……」


 更に詳しく翔一郎は、精製機の細部を見渡していく。


「確かにそれなら、指揮官しか持っていないのも頷けるわ。金属生命体の軍勢の全てがこれを持っていたら、金属粒子が足りなくなるのは間違いないでしょうし」


 恵が康平の説明の補足をする。

 しばらく精製機を眺めていた雷人は、金属の塊を机の上に置いた。


「人間の手で、これと同じ物が作れるのですか?」

「残念ながら」


 悔しさを噛み殺しているかの様な表情で康平は、自らの頭を左右に振った。


「まだまだ未知の部分が多すぎて、我々の手で一から製造する事が出来ていません。この二つを含め、無傷で鹵獲出来た五つしかありません」

「そうですか……ですが、今日これをここに持って来たということは、俺と美鈴に使わせる為という事ですか?」


「ええ、その通りです。新規に製造出来ない上にごく少数しかありませんから、今までは研究にしか使えなかったのです。ですが、お二人ならば丁度良い」


 確かにこれを上手く使いこなせれば、装備の問題は解決するかもしれない。

 雷人の心の目に光明が見えた。


「どうぞお使い下さい。しかし、我々では一度も装備を創り出す事が出来ませんでした。ですが、戦闘形態に変身可能なお二人なら、充分に可能性があります」


 前人未到の挑戦であるため、安全の保障はどこにも無いけれど、試さないという選択肢も無い。

 雷人は再び精製機を手に取った。


「とにかく試してみよう」

「そうだね雷人」

「念の為外で。最初は剣の様な、暴発の恐れが無い武器から創るぞ」

「うん」


 二人で示し合わせた上で、雷人と美鈴を先頭に五人は外に向かった。

 雪は降り止み、雲の隙間から光が幾筋も差し込んでいた。康平から一通りの説明を受けた後で、雷人と美鈴は精製機を起動させる。

 雷人は戦闘形態になるのと同じ要領で、一振りの日本刀を思い描く。


 集中する雷人の耳に、機械が駆動しているかの様な音が届いた。その音にしかこうへ「おおっ」と康平が、静かに驚嘆する声が聞こえた。


 機械が起動するだけでも、康平にしてみれば充分なのかもしれないが、雷人と美鈴はそれで満足する訳にはいかない。

 目を閉じずに、視野を曖昧にしながら更に集中を深めていく。


 一分ほど経過しただろうか。

 見た目は完璧な日本刀が、雷人の目前に顕現する。

 どういう力が働いているのか?雷人が創り出した抜き身の刀は浮き続けていた。


「出来たっ!」


 ほぼ時を同じくして、美鈴の前にも二本の黒い旋棍トンファーが存在していた。

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