戦備えと平和な日々

第37話

 年末年始の休暇が終わり、新年初勤務の日の海鐘島は雪に覆われた。

 積雪量はくるぶしの少し上まであり、半長靴であってもほとんどが雪に埋もれてしまうほどだった。

 気温も一度と低く、風も強く吹いているため、体感温度は更に低くなる。

 悪天候の空を見上げる雷人と美鈴は、使命感からやる気に溢れていた。


「良し。折角の雪景色だ。行くぞ美鈴」

「うん。お誂え向きだね。冬場の実戦訓練を行う上で、これ以上の環境は無いよ」


 ローゼベルフ戦以来、敗戦をばねに雷人と美鈴は、戦闘力及び継戦能力の向上に努めてきた。

 ローゼベルフ以外にも、同じくらいの強さを誇るの敵の襲来もあり得る上に、まだ認知されていない強敵が現れるかもしれない。

 そうなった場合、前回の様な事はあり得ないと考えるべきである。ローゼベルフの一件は例外として捉えないと、致命的な隙に繋がってしまう。


 翔一郎と恵が改めて人類の装備を検証し直した結果、ローゼベルフ級の敵に対抗出来るのは、雷人と美鈴の他にいないとの結論に達した。

 自惚れではなく、人類の未来は、人外の力を得た自分たちの肩に掛かっている。地球外生命体の強敵に対抗出来るのは、今のところ雷人と美鈴の二人だけであり、敗北は許されない。

 その自覚が二人を厳しい特訓に向かわせていた。


 深く念じる事も無く、一瞬で変身した雷人と美鈴は、戦闘形態の継続。最大の敗北要因の克服に重きを置いた戦闘訓練を、降りしきる雪の中で実施する。


 二人が着用している戦闘服は、それぞれの特性に合わせた特注品だった。

 雷人の服は飛行の妨げにならない事と、軽量化を追求。美鈴の服は強い負荷が掛かっても破れない伸縮性を持たせてある。

 それらの装備の試験を兼ねて、雷人は木刀で。美鈴は無手で組手の訓練をする事一時間。


「一時間経ったわ。休憩しなさい」


 任務遂行の妨げになるなどの理由から、制服や戦闘服を着用している時は、傘を差してはならない。

 二回手を打ち鳴らしながら、軍の雨合羽で身を覆っている恵が告げた。

 少し息切れしてはいるが、雷人はまだ続けられるだけの余裕があった。けれど、自分らが納得して決めた事である。

 恵の呼び掛けに二人は、戦闘形態を解く事で素直に応じる。


「美鈴はどうだ。まだまだ続けられそうだったか?」

「……どうだろ。結構きつかったかな。あと十分がやっとだったかも」


 両膝に両手を置きながら美鈴は、息を整えながら言った。


「それでも、三十分も保たなかった、ローゼベルフの時に比べたら凄い進歩だと思うわ。焦ったら駄目よ」

「はい……あー思い出したら頭に来る。何が俺は堕落していないよ。戦闘狂の時点で頭おかしいわよっ!」


 分かりやすく美鈴は、両手で頭を抱えながら憤慨する。

 その気持ちは理解出来るだけに、雷人も共感を言葉にする。


「そうだな。少なくとも、俺はあんな生き方をするつもりはない。俺が軍人をしているのは守るため。率先して何かを破壊したい訳では無い」

「だよね。今度会ったらはっ倒す。絶対に吠え面かかせてやるんだから!」


 美鈴は両拳を叩き合わせる。

 勢いを増す降雪も、今の美鈴の頭を冷やすには至らない。

 雪の白に染まる空を見上げた後で恵が、いきりたつ馬をなだめる様に口を開く。


「気持ちは分かるけど中に入りなさい。休む事も大事だから。それに、二人が強くなる為の、装備面での話し合いをこれから、国防研究所の研究員たちとするわ」

「!ようやくですね……装備面の充実も俺たちには必要な事ですから」


 強力かつ耐久性に優れた武器や防具などが必要だとの要望を、二人は翔一郎に出しはしたが、目に見える形で計画が進行することなく年が明けた。

 それがようやく動いた。

 首を長くしてこの時を待っていた雷人と美鈴は、互いの目を見て頷き合う。


「雷人は折れない剣を。私は離れた敵も攻撃出来る武器が必要だからね。早く作らないと、次の襲来に間に合わないかもしれないから」

「そうだな。今の俺たちには守る為の力がいる。それを手に入れに行くとするか」


 二人は頭や肩に降り積もった雪を払った後で、庁舎内に入った。

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