第36話

「なんで引き分けになるんだ……」


 雷人たち三人は戦闘不能であり、損傷しているとはいえ、ローゼベルフはまだ戦える状態にある。

 勝者が誰なのかは一目瞭然の筈なのに。

 敵の真意を問うべく、率直な疑問を雷人は口にした。


「……自分の頭で考えろと言いたいところだが、今の俺は気分が良い。特別に教えてやる……理由は二つだ」

「二つ……俺たちの今後が楽しみとかとでも言うのか」


 雷人はローゼベルフの、これまでの言動を根拠に推測を口にした。

 戦闘を好む質を鑑みれば、間違えてはいないはずだと雷人は思った。


「分かっているではないか。その通りだ。俺はお前たちに期待している。これはもう一つの理由にも通じるが、今回の結果はお前たちの実力や装備が、俺に比べて劣っていた事にもある」

「……」


 敵の言葉に雷人は歯軋りしたが、反論はしなかった。

 悔しいがその通りだったからである。

 雷人は柄だけになった、右手の高振動刃に視線を落とす。

 ローゼベルフが作り出した赤玉剣に、高振動刃では対抗出来なかった。剣で互角に戦うのであれば、もっと強度のある武器が必要だ。


「次に相見える時までに、是正しておいてくれ。それで次に戦う時の俺を楽しませてほしい……もう一つは、俺が勝利したとは思っていないからだ」

「……どうして?」


 ローゼベルフの言葉に返答したのは美鈴だった。黄金の戦闘形態は解け、通常の見た目に戻っている。

 雷人も同様に、人の姿に戻っていた。

 立ち上がれず、地面に伏したまま美鈴は続ける。


「最後にあなたが見せた魔法……あれはとても私には真似が出来ない。歴史の浅い人類の攻撃魔法は、魔族の攻撃魔法に遠く及ばない。その気になれば止めを刺せるのにどうして?」

「そう。お前らの魔法は、俺たちからすれば児戯も同然。玄人が素人に勝って当たり前なのは、お前たちも分かるだろう」

「……ああ」


 初めて剣道の防具を身に着ける人間が、剣道の有段者に勝てるとは思えない。

 雷人は自分に身近な剣道で例えた。


「それにお前らが立ち上がれないのは、単にその形態に慣れておらず、体力を必要以上に消耗したからだ……」


 自分の実力で倒した訳では無い。

 勝者の表情に悔しさが浮かぶ。


「俺は何百年も前から戦士として生きている。戦闘経験は圧倒的に俺が上だ。そんな俺がお前らを、俺の実力で打ち負かせられなかった……この有様で勝利したと思えるほど、俺は堕落してなどいない」


 気分が高揚している。先ほどそう言った同じ口でローゼベルフは、自尊心が傷ついた事を仄めかす。

 その時、武器倉庫の方から装甲車一台が走って来た。翔一郎が運転する装甲車だ。

 加えて、陸軍の対戦車回転翼機が四機飛来し、ローゼベルフを取り囲む。

 一気に周辺は喧騒に包まれた。


 四機分の回転翼機の内燃機関が発する騒音は凄まじく、最早誰の声も聞こえない。

 そんな中、ローゼベルフは表情で興が削がれた事を表明していた。

 瞬時に青白く光る魔法陣がローゼベルフの足元に現れ、何か短い言葉を残した後で魔法陣は消え去る。

 そこに宝石魔将と呼ばれる男の姿は無かった。

 雷人は読唇術を使えないので、何を言ったかまでは分からなかった。


(どうせろくでもない事だろ……)


 一方的な決めつけと、頭が疲弊している事が相俟あいまって、雷人は読解を放棄する。


 しばらくこの場で待機した後、四機はそれぞれ飛び去った。消え失せた敵を捜索にでも行ったのだろう。

 入れ替わり停車したのが、翔一郎の装甲車だった。


「遅れてすまない。無事か!?」


 到着するやいなや翔一郎は、素早い動きで運転席真上の開口部から身を乗り出し、足場を伝って地面に降りた。


「まずは副隊長を。俺と美鈴は疲れているだけですから」

「ああ、分かった……」


 翔一郎は恵の傍に駆け寄ると、手首の脈拍と呼吸の有無を確かめる。

 その様子を雷人と美鈴は、固唾を飲んで見ていた。


「……呼吸と脈拍共に正常だ。目立った外傷や出血も無い。恐らく気絶しているだけだろう」


 手持ち式の懐中電灯で恵の体と、周囲の地面を照らしながら翔一郎は、張り詰めていた表情を緩ませた。


「恵さん……良かった」

「美鈴も無事か?」

「うん。全身がそれなりに痛むのと、疲れがもの凄いだけだから、多分大丈夫」

「そうか……」


 それを聞いて安堵した雷人は、美鈴との距離を四つん這いで詰める。美鈴も同様に動く。


「俺は衛生兵を呼んで来る。二人はゆっくり休んでいてくれ」

「了解」「分かりました」


 そう二人に告げた後、翔一郎は無線器がある車内に入って行った。

 雷人の左腕と美鈴の右腕を密着させる形で二人は、月を見上げながら地面に座る。

 雷人が現実を見据えながら口を開く。


「あいつはああ言ったけど、俺たちの負けだな。今回は」

「……そうだね。正直悔しいけど、あいつのお陰で課題も見えてきたし。次は絶対に勝とう」

「もちろんだ。このままにしておくものかよ」


 装甲車の無線から、島に侵攻してきた魔族軍は壊滅し、敗残兵は逃走したとの連絡が入る。


「……なに。俺たちは負けはしたが、こうして生きているし、全体で見れば大勝利したんだ。今は取り敢えず勝利を喜ぼう」


 そう言いつつも、雷人の心から不安は消えなかった。

 ローゼベルフはこれまでの敵に比べ、段違いに強かった。間違い無くかつて戦った赤雷竜より強いと断言出来る。

 宝石魔将ローゼベルフ以外で確認されている二つ名持ちの強敵は、今のところ三体いる。


 金獅子。眠る暴竜。沈黙の災厄。

 いずれ連中のどれかと、相見える時が来るかもしれない。

 地球を取り戻すのであれば、そいつらと戦って勝たなければならない。


「……一緒に強くなろう、美鈴」

「うん。一緒に」


 月を見上げたまま雷人は、左手を美鈴の右手の上に置いた。

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