第35話

 美鈴とローゼベルフは示し合わせる事無く、互いに距離をとって静止する。

 二人の様子を見比べた雷人は、不安に駆られる。優勢に闘いを進めている筈の美鈴の方が息を切らし、苦しそうだったからである。


 対してローゼベルフは、怪我こそしているものの、それ以外は余裕があった。

 押しているように見えるが、美鈴は今回が初めての戦闘形態での戦いである。

 対して、人間より遥かに長い寿命を持つローゼベルフの戦闘経験は、その比ではないはずだ。


 このままではまずい。

 直感で戦いの行方を危惧した雷人は、参戦すべく体の状態を確かめる。

 恵のお陰でそれなりに回復した感じはするが、疲労感はまだまだ残留していた。


 もう少し回復を図りたいところだが、美鈴の限界は遠くない内に訪れるだろう。

 この魔族は強い。二対一で戦える今が、ローゼベルフを打倒する最後の機会かもしれない。雷人が得意とする剣もある。

 今は攻めるべきだ。

 雷人は軋む体で立ち上がる。


「雷人……」

「ほう。二対一に加え、今度は剣持ちか」

「卑怯と罵りたければすればいい」

「構わん。使えるものは全て使う。それが戦いというものだ」

「「……」」


 ローゼベルフは嫌悪するどころか、当たり前だと言わんばかりに肯定する。

 思わぬ敵の言葉に雷人は、心臓が激しく鼓動するのを知覚し、美鈴は動揺を隠しきれずにいた。


(まさか、敵の言葉に共感を覚える時がくるとはな)


 だが、討つべき敵に違いは無い。

 雷人は刃を鞘から引き抜き、中段に構える。美鈴は手刀受けの構えを取った。

 ローゼベルフは一瞬で赤玉の大剣と、両脚に金剛石の防具を創り出す。

 その様を見た雷人の頭に一つの疑問が思い浮かぶ。


「……なぜ俺との接近戦の時にその剣を使わなかった?」


 雷人が短刀を手に接近戦を挑んだ時、ローゼベルフが用いたのは、同じ大きさをした赤玉の短刀だった。

 剣と短刀を間違える筈もない。

 故意にやっているとしか思えない。大方の予想はつくが、本人の口から真意を聞き出すべく問うた。


「体力回復の時間稼ぎか?」

「単なる疑問だ」


 二人の射抜く視線が交差する。


「……俺が求めるのは闘いであって、一方的な殺戮ではない。これが答えだ。他にもあれば、俺がその気になれば答えるぜ」

「いや、もういい。これ以上の問答は無意味だ」

「そうだな。敵同士である以上無意味だ」


 言ってローゼベルフは、左に跳んだ後、雷人と美鈴を左右に見る位置に立った。

 二対一の為、後の先を取るのかと雷人は思いきや、ローゼベルフは不敵な笑みの後で雷人に突撃する。

 虚を突かれた形にはなったが、駆けつける美鈴を横目に見ながら雷人は、迎え撃つ戦法に切り替えた。


 銀と赤の刃がしのぎを削る。

 その間に距離を詰める美鈴だが、美鈴の真正面に現れた魔法陣から、大量の青玉弾が放たれる。

 間違い無くローゼベルフの魔法だ。


「くっ……」


 美鈴と魔法陣の間は、手を伸ばせば届くほどの至近距離だった。なので、両腕で顔を防御するのがやっとだった美鈴に全弾が命中する。

 高速で射出され続ける青い宝石は、とても捌ききれる数ではなく、美鈴は堪らず右に跳んだ。しかし魔法陣は、その動きに合わせて向きを変え、際限無く青玉を美鈴に浴びせかけていく。


「美鈴!」

の心配している場合かよ」

「ちっ……」


 二対一で戦う策は早くも瓦解した。

 雷人が得意の剣術で斬り伏せようとするも、ローゼベルフの剣技がそれを許さなかった。

 打開策を見出だせないまま、十合。二十合とぶつかり合う。

 そして、三十合を越えた時だった。

 雷人の高振動刃が、刃の中ほどで折れてしまう。


「なっ……」


 弧を描きながら、高振動刃の上半分は地面に落ちた。

 溶かした金属生命体を素材に、添加物を足した合金がローゼベルフの剣の前にあえなく破壊されてしまった。

 現時点で人類最強の剣が、三十合あまりで折れる。実力だけで無く、装備の面でも敵わない。

 一瞬であったとはいえ、実戦の中では致命的な思考停止状態に雷人は陥った。


「その場を動くな、雷人」

「ふん……」


 恵の声が響いた直後、恵が手にしていた小銃が、ローゼベルフ目掛けて火を吹く。

 しかし、金剛石の盾に阻まれ、一発とて敵に当たる事は無かった。


「つまらん事で水を差しやがって」


 吐き捨てる様に言ってローゼベルフは、美鈴を撃っている物と比べ物にならない、乗用車ほどの大きさがある青玉弾を恵に撃ち放った。


「少尉っ!」


 恵を殺させる訳にはいかない。

 残った下半分の高振動刃を盾代わりに雷人は、恵の前に立ちはだかった。

 ローゼベルフの攻撃は、残った刃を粉々に打ち砕き、雷人の体を直撃する。


「ぐあっ……」


 強風に吹かれる落ち葉の様に、弾かれる雷人。

 それでも恵への直撃だけは回避した。


「あっ……」


 吹き飛ばされた雷人の左の翼が、恵を打ち据える。

 恵も吹き飛ばされ、背中から強かに地面に叩きつけられた。そのまま気を失ってしまう。

 雷人は意識こそ失わなかったけれど、戦闘を継続するどころか最早、起き上がる事すら出来そうに無かった。


「……どうやらここまでのようだな」


 そう言ってローゼベルフは、掲げた右手の指を鳴らした。

 その瞬間、美鈴を撃ち続けていた魔法陣が消失する。


「雷人……」


 雷人と同様に、美鈴も意識こそ保っていたが、膝から崩れ落ちた美鈴はそのまま、重い音を立ててうつ伏せに倒れた。


 それでも美鈴は雷人に向かって、懸命に右腕を伸ばす。その頬を涙が伝う。

 その様を見ていた雷人は、自分らの負けを悟る。

 全員が生還する道は絶たれた。

 だからこそ、俺の命と引き換えにしてでも、こいつはここで殺る。

 そう思った雷人だが、思わぬ言葉がローゼベルフの口から発せられる。


「今回は引き分けだな」

「な!?」


 どう考えてもこちらの完敗の筈なのに、どうして引き分けという言葉が敵の口から出てくるのか?


「だから止めは刺さん。決着は次以降に持ち越しだ」


 ローゼベルフの言葉に耳を疑いなからも雷人は、何とか上半身だけを起こした。


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