第34話

 ローゼベルフは背後にあった、四人乗りの車両の左側面に衝突し、そのまま貫通。反対側へと消える。

 車内は大破して半回転。車両は天地が逆になった。


「……大丈夫!雷人」


 地面を重く踏み締める足音を立てながら美鈴は、雷人の元に駆け寄る。

 最初にこの音を聞いていれば、ローゼベルフもまともに飛び蹴りを受けようとは思わなかっただろう。

 それくらい美鈴の体格と足音は釣り合っていなかった。


「ああ、俺は問題無い。どこも怪我はしていない」

「良かった……相手をしているのがあの宝石魔将と聞いて、凄く心配だったんだ」


 安堵のため息を美鈴は吐いた。

 そこへ特殊遊撃隊の一七式装甲車が、至近距離で停車する。


「雷人、無事なの」

「はい。疲労が溜まっている以外は問題ありません」


 装甲車に備えつけられた、速射榴弾砲の射手座から恵が声掛けしてくる。

 砲口は大破した車両に向けられていた。

 運転席の上部も開く仕様になっており、そこから翔一郎も、上半身を出して小銃を同じ方向に構える。


「奴の生死は確認出来ていない。油断するな」


 翔一郎の言葉に雷人は、仲間の救援と疲労で緩み掛けていた気を引き締めた。短刀を手に、ローゼベルフが吹き飛んだ先を見据える。

 美鈴も同様に空手の構えを取る。


「……こいつは効いたぜ」


 大破した車両の向こう側から、ローゼベルフの関心する声が聞こえた。


「篭手と、背中を守らなかったらまずい事になっていたな、こりゃ」


 浮遊魔法で空中に浮き上がりつつ、体勢を立て直したローゼベルフは、青い血に塗れた顔で喜々として笑っていた。


「強いな金色の嬢ちゃん。良ければ名前を教えてくれないか……ああ、俺の名前はローゼベルフという」

「ローゼベルフ……私は金城美鈴。癪だけど、一応教えておいてあげる」

「美鈴だな。覚えておく。まさか金獅子と同類の奴が人間側にいるなんてな……両腕は特に問題無しと」


 言ってローゼベルフは、篭手を纏った両腕の状態を確かめつつ構える。


「雷人はしばらく休んでて。こいつは私が相手するわ」

「……頼む」


 俺も闘うと言いたいところだが、雷人の全身の疲労感は相当だった。意思の力ではどうにもならないほど体は重く、錆びついた様に動きは鈍い。

 今の状態で無理に闘おうとしても、美鈴の足手まといにしかならない。

 言葉に甘える他無かった。


「任せて。雷人は充分頑張ったから、ここからは私の番よ」

「隊長も言っていたが、油断するな。そいつは強い。途轍もなくな」

「分かってる。嫌でも伝わってくるから」


 さっきの飛び蹴りは、偶々全てが上手く噛み合っただけ。二度目は絶対に無い。


「ここに来て大正解だった。雷人に美鈴。二人の強者と出会えたのだからな。さ、続きと行こうぜ」


 今度はローゼベルフから距離を詰めた。

 負けじと美鈴も立ち向かう。

 闘いぶりを見ていれば分かる。

 体の硬さ。一撃の重み。込める力。

 手足が届く範囲という制約があるとはいえ、三拍子が揃った美鈴の空手は今や、地球最強である事が。


「おっ、おっ、おっ、おっ……」


 ローゼベルフの体重や力が、どれほどかは知らないけれど、美鈴に遠く及ばない事は確実である。

 格闘戦で優位なのは美鈴の方であり、ローゼベルフは突きを横へ逸らし、蹴りを躱ふすのに精一杯だった。


「硬えな、おい」


 隙をついて美鈴に攻撃を加えるも、ローゼベルフの篭手に勝るとも劣らない様な美鈴の装甲は、音を立てて弾き返す。


「痛い事は痛いけどね。女を宝石の塊で殴るなんて」

「ハッ!それが嫌なら、愛しの彼の後ろにでも隠れてろよ」

 攻防一体の体で優位に戦いを進める美鈴に安心した雷人は、未だ火器を構えている翔一郎と恵に振り向く。


「二人に頼みがあります」

「何だ。言ってみろ」

「まず副隊長には、俺の体力の回復をお願いしたいです」

「良いわ。いくらでも掛けてあげる」


「隊長には高振動刃を探して来てほしいです」

「ああ、それなら俺のを使え。恵」

「ん。一振りだけじゃ足りないかもしれないから、探して来たら?」

「もちろんだ」


 恵が翔一郎の高振動刃を手に、装甲車を降りる。


「良いわよ」

「後を頼む」


 そう言い残して翔一郎は去った。


「最初に言っておくけど、怪我の治療については出来るけど、疲労回復はあまり出来ないわよ」

「美鈴の足を引っ張らない程度があれば充分です」

「分かったわ。はいこれ」

「ありがとうございます」


 恵は鞘ごと剣を雷人に手渡すと、雷人の背中に両手をかざした。

 眼前では、黄金対金剛石の戦いが繰り広げられている。

 無意識の内に雷人は、鞘を強く握り締めていた。

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