第33話

 赤雷波は青玉の弾に相殺され、雷爆球は金剛石の盾に防がれた。

 手持ちの遠距離攻撃の技は通じず、どの様に攻めようと隙はまるで生まれない。

 遠距離攻撃で攻める戦術は、早くも行き詰まりの様相を呈していた。


「どうした?攻撃しない事には、俺は一生倒せないぜ?」

「当たり前の事を言うな。お前もそうだろうが。今お前をどうやって倒すかを考えている最中だ」

「良い案を楽しみにしているぜ。俺を驚かせてくれ」

「チッ!」


 悔しいが、単純な遠距離攻撃の撃ち合いでは、この男を倒す事は出来そうにない。近接戦闘を主体に攻めながら、赤雷波を織り交ぜる。

 この戦法で戦う事を雷人は決めた。


 一体の竜を相手にするのであれば、銃より剣の方が有効である場合が多いけれど、今回の敵は魔族である。

 魔族は必ず集団で行動し、遠距離での魔法攻撃が常であるため、雷人は高振動刃を持って来なかった。

 今更その判断を悔やんでも遅い。


 雷人が得意とするのは剣術であり、素手で闘う格闘技にそれほど精通している訳ではなかった。

 この点で少なからず不安があるけれど、戦闘形態の持続に不慣れな雷人にとって、膠着状態を避けねばならないのもまた事実だった。


 出来るだけ早く決着をつけるには、一つ間違えれば死に繋がる事を承知の上で、不慣れな格闘技で近接戦闘を挑む以外に選択肢は無かった。


(高振動刃がいる……その為には)


 その中で、生き残る為にすべき事を雷人は見出した。

 短刀以外に近接戦闘用の武器は持っておらず、心許ないのは言うまでも無いが、単なる飾りとして短刀をぶら下げている訳にもいかない。


 雷人は短刀を右手に取って構える。

 手に馴染むという点で考えればやはり、短刀より赤雷竜との戦いで使った高振動刃を手に入れたい。

 左手で赤雷波を撃ちつつ、雷人は距離を詰めた。


「やはりそう来るよな」


 赤雷波を難なく躱しながらローゼベルフは、待っていたと言わんばかりの、子供じみた笑顔を浮かべる。

 その右手にはいつの間にか、血を吸ったかの様に赤い、宝石の短刀があった。


「良いぜ……こんなに気持ちが高ぶるのは本当に久しぶりだ」


 生死を懸けた戦いを喜ぶローゼベルフ。

 その精神をもちろん雷人は、全く理解する事が出来なかった。


 手を伸ばせば余裕で届く。

 そんな距離にて二人は突きや蹴りといった、格闘の技と短刀術。至近距離での遠距離攻撃を織り交ぜて戦う。


 その応酬を続けながら雷人は、少しずつ地表を目指していた。味方を巻き込まないよう、部隊がいない場所を選んで。

 ローゼベルフを誘導しながら目指しているのは、陸軍の大規模な武器庫がある駐屯地だった。


 部隊が出払って、ほぼ無人の駐屯地なら巻き添えの心配はほとんど無いし、兵站部隊の貨物車両か武器倉庫なら、目的の高振動刃は必ずある。

 問題は、この強敵を相手にしながらそれが出来るかどうかだが、やるしか無い。


 銀と赤の短刀の一閃に加え、肘打ちや膝蹴りなど、規則無用の闘いが続く中、雷人は目的地である駐屯地に辿り着いた。

 だが、そこで新たな問題が浮上する。

 海鐘島の陸軍の兵站任務を担う一角だけあって、武器倉庫の総面積はかなり広い。

 目的の高振動刃がどこに保管されているのか、まるで見当がつかなかった。


(虱潰しに探すしか無いのか……)


 雷人がローゼベルフの相手をしている間に、高振動刃を探し出してくれる人がいれば……


 真っ先に思い浮かんだのはやはり、美鈴の顔だった。しかし、桁違いに強い、この男の前に来てほしくないという思いも同時に湧き出す。


 焦りの感情が、徐々に雷人の心を焦がしていく。

 それをローゼベルフに悟られまいと、顔に出さないように徹する雷人の耳に、


「雷人ーーーーっ」


 巻き込みたくなかったが待ち望んでもいた、雷人を呼ぶ声が耳に届く。

 ローゼベルフへの警戒を解く事無く、美鈴の声が聞こえて来た方を見た。

 そこには、特殊遊撃隊の装甲車の天井で屈む、黄金色の美鈴がいた。


(良かった……無事に戦闘形態になれたのだな)


 二分されていた美鈴への想いは一気に、来てくれてありがたいという、感謝の念一色に染まる。

 美鈴が心の支えになっていることを、痛感する雷人だった。


 白金の要素を排除する上で、雷人が思いついたのは金色だったが、それ一色のみでは華美過ぎないか?


 美鈴の魅力はそこではない。

 そう思った雷人は、金を主色に青を差色さしいろにした、鎧を纏った様な姿に行き着いた。

 金が六割に、青が三割。銀髪と顔肌の白が一割ほどの美鈴の戦闘形態は、月光を浴びて荘厳な輝きを放っている。

 今の美鈴の見た目は、雷人が描いた絵の通りだった。


「新手か?良いぜ。俺をもっと楽しませてくれ」

「待て……くっ」


 美鈴に手出しさせるものか。

 その一念から宝石魔将の前に立ちはだかろうとした雷人だが、何故か足腰が立たなくなってしまった。軽く立ち眩みをし、右膝をついてしまう。


「……後先考えずに力を使い過ぎたようだな。お前の相手は後でしてやる」


 後先考えずに力を使い過ぎた?

 気になる言葉を残し、ローゼベルフは迫る美鈴と対峙する。


「よくも雷人をっ!」

「来な」

「言われなくてもっ!」


 片膝を地面につけた雷人を目の当たりにした美鈴は、激昂しつつ装甲車から、ローゼベルフ目掛けて跳躍。そのまま飛び蹴りを仕掛ける。

 迎え撃つローゼベルフの手に赤い短刀は無く、代わりに金剛石の篭手が両手に備わっていた。


 自分と同じく全身を鎧で覆っているとはいえ、美鈴の体格から、飛び蹴りの威力を推測したと思しきローゼベルフ。

 余裕で受け止めきれると踏んだのか。

 避ける事をせずに、両腕で受け止める体勢を見せた。

 交差させたローゼベルフの篭手に、美鈴の飛び蹴りが炸裂する。


「おおおおっ!」


 装甲車に乗って現れた事も、美鈴の体重を見誤らせる事に一役買ったのだろう。

 まともに美鈴の飛び蹴りを食らったローゼベルフは、衝撃を支え切れずに吹き飛ばされた。

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