第31話
「こんのぉーーーーーっ!」
走る装甲車の車上で美鈴は、叫びながら速射榴弾砲を撃った。
偵察か後方撹乱か。
美鈴たちは移動中、何らかの任務を帯びた敵部隊と遭遇していた。
拳一つ分はある特大の薬莢が、音を立てて地面に落下する。腹の奥底まで響く爆発音と、唸りを上げる内燃機関の駆動音が、静かな月夜に撒き散らされては、都度消えていった。
「隊長!更に七時と十一時の方向に魔族の集団が」
「了解」
報告しながら美鈴は、進行方向に近い十一時の敵集団から射撃する。
四体いた敵は全て爆発四散したが、一発の炎の塊が迫る。
翔一郎が運転する装甲車は、減速と右旋回で炎魔法を回避した。
美鈴は残りの魔族集団の対処に移る。
しかし、速射榴弾砲は支柱で固定されており、前方の左右四十五度ずつの範囲にしか攻撃が出来ない。
射撃範囲外の敵は、魔法で攻撃するしかない。
だが、美鈴が一方の敵を攻撃している間に、残るもう一方の魔族たちは、先に攻撃魔法の準備を完了していた。
「防御が間に合わないっ!」
そう口にした美鈴の頭に、自分の身を盾にする考えが浮かんだ時だった。
進行方向左側にある日本海が、魔族軍ごと爆ぜた。
「な……」
何が起こったの!?
海底火山の噴火と遜色ない様な規模の爆発に、美鈴も魔族軍の兵士たちも一様に硬直する。
「伍長!右に思い切り体を預けろ!」
「えっ。り、了解!」
翔一郎の強い口調での命令に美鈴は、異議を挟む事無く右側に体重を預けた。
僅かに生まれた魔族の隙を突いて装甲車は、右に急旋回した。翔一郎の巧みな運転技術と、美鈴が釣り合いを取った事で装甲車は、横転する事無く百八十度向きを変える。
「今だ撃てっ」
「は、はいっ」
無線越しの翔一郎の命令に美鈴は、慌てて砲口を空中の魔族たちに向けた。魔族たちは我に返るも時すでに遅し。
速射榴弾砲の前に果てた。
「良くやったわ美鈴。周囲に他の敵はいるかしら?」
「い、いえ……」
心を落ち着かせつつ美鈴は、月夜の野外を見渡す。
「今の大爆発は何だ!」
「海軍や空軍の新兵器?」
「魔族が自爆したように見えたぞ!」
左耳につけた無線の受信機からは、間違いなく雷人の手による攻撃で発生した、陸軍の混乱ぶりが届く。
(ありがとう雷人。おかげで助かったよ)
美鈴はそれらを聞き流し、心の中で雷人に感謝しながら、装甲車の全周囲を索敵する。
「周囲に敵影無し……ていうか隊長。私を重りにしないで下さいよぅ……」
敵がいない事を確認した美鈴は、翔一郎に不満を表明する。
「だが、そのお陰で装甲車が横転する事無く敵を討てたんだ。戦場では先手必勝でないと生き残れないからな」
「雷人に負けないくらい、良い働きだったわよ、美鈴……」
声を弾ませて恵は言った。
声の調子からして、笑いを必死に堪えているのは明らかだ。
「もう、恵さんまでぇー」
「ごめんごめん。今度、美鈴の分、全部奢ってあげるからさ。私と翔一郎とでさ」
「勝手に決めるな」
「……雷人の分も出してくれるなら、許してあげます」
「もう、美鈴ったら……良いわ。少し遅れたけど、美鈴と雷人が無事だった記念という事で。今度飲みに行くわよ」
「どうして飲みに行く話に……」
「何だあれは!何かが魔族軍を攻撃しているぞ」
翔一郎が呟いた直後、割り込んだ無線の音声に美鈴は、魔族軍がいる方向に顔を向けた。
瑠璃色の夜空に、幾筋もの赤い線が左から右に走っている。
「雷人が魔族軍を攻撃している……」
映像で見た、雷人の光線技に間違い無かった。
「あれは味方……なのか?」
「敵にしては、こちらを攻撃してくる気配が無いな……」
「だが、人型だが明らかに人間では無い。そいつも攻撃すべきじゃないのか?」
正体不明の存在が敵である魔族軍を徹底的に叩き、こちらには一切の危害を加えて来ない。
長い戦史の中で、一度たりとも無かった展開に、最高潮に達しようとしていた陸軍の混乱。その中で、雷人も攻撃すべきとの意見が散見される様になって来た。
無論、それをさせる訳にはいかない。
美鈴が無線機の
「第一師団司令部より通達する。現在、魔族軍を攻撃している者は味方である。繰り返す。現在、魔族軍を攻撃している者は味方である。総員、魔族軍のみを殲滅せよ」
この無線連絡を機に、混乱の渦中にあった陸軍の各部隊は攻撃を再開させ始め、その矛先が雷人に向けられはしなかった。
訳が分からないにせよ、魔族軍を蹂躙し始めた事で活気づく陸軍の将兵たち。
雷人が味方に攻撃されない事に安堵するも、それとは逆方向に、美鈴の心は転げ落ちて行く。
(雷人が奮闘しているのに、私は……)
恋人への申し訳無さが募る美鈴は、車内に持ち込んだ、雷人の写生帳を見た。
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