黄金の目覚め
第28話
冬の夜空に
「千葉少尉以下三名。準備完了しました」
「乗車っ」
恵を筆頭に、横一列に並んだ雷人と美鈴の三人。それと向き合う形で翔一郎が号令を発した。
本日の午後三時頃に納車された、美鈴の乗車に耐えられるよう、足回りや床。内燃機関の出力向上など。多くの改造が施された一七式六輪装甲車に、運転手を務める翔一郎から乗り込んで行く。
(間に合って良かった……)
戦闘形態の持続に不安がある雷人と、戦闘形態になれたとしても、飛べない美鈴。
そんな二人にとって、安定した速度を出せる乗り物は必須だった。
美鈴が乗車しても、車輪が少し沈んだくらいだった。走行には何の支障も無さそうである。
最後に乗り込んだ雷人が、後部扉を閉めて手順通りに施錠した。
「後部扉閉鎖良し」
そう告げた後で雷人は、美鈴の後ろの席に座った。
「了解した。これより第一待機地点に移動する。千葉少尉は情報収集と記録を。金城伍長は到着次第、速射榴弾砲の射手座へ」
「「了解」」
美鈴と恵が復唱した後で翔一郎は、装甲車を発進させる。
「今回の敵は魔族だ。すでに陸海空の各軍と、防衛軍の火砲部隊などが交戦を開始している。特に南海岸東地区に敵戦力が集中しているようだな」
「敵の背後か横腹を突く。事前の作戦通りに戦えばいいのですか?」
「その通りだが、やれるのか?」
「今日特訓した結果、持続時間は最大二十分まで伸ばしました。やれます」
「……分かった。だが、特訓と実戦は大きく違う。決して無理はするな。十分戦ったら一度離脱して様子を見るんだ」
「それに雷人も知っての通り、魔族は高度な戦術と、悔しいけど人類よりずっと強力な魔法を駆使してくるわ。絶対に油断しないで」
「了解しました」
「雷人……」
今にも泣き出しそうな顔で美鈴は、後ろの雷人を振り返る。
美鈴にとって雷人は最大の心の糧であると同時に、最大の弱点でもある。その事が如実に表れていた。
「そんな顔をするな。絶対に生きて帰ってくる。その時は俺の背中を守ってくれ」
「……うん。絶対だよ」
「それまで美鈴は、隊長と副隊長と一緒に戦っていてくれ」
「うん」
「……もうすぐ第一待機地点に着く。赤羽伍長は準備せよ」
「分かりました」
これ以上、美鈴と話していては、未練と言う名の重しが増えるだけ。それを危惧した雷人は到着まで一言も発しなかった。
到着後は、簡素なやり取りを交わしただけだった。雷人は装甲車を降りて後部扉を閉めた。美鈴は天井の開口部を開け、速射榴弾砲の射手の配置に就く。
「……行ける」
実戦を前に、守りたい存在が隣にいるからこそ、雷人の集中力と想像力は極限に達しようとしていた。
午後の特訓時に比べて確実に、精度と速度は高まっている。
かつて美鈴が言っていた、想像と言葉を組み合わせたものの完成度が高い状態なのだろう。雷人はそう思った。
今なら二十分と言わずそれ以上に戦闘形態を維持し、自在に変身を制御出来る確信がある。
月下、異形の翼が翻った。
鋏を入れた戦闘服の隙間から生える、竜の翼が音を立てて羽ばたく。
見上げる恋人の視線を感じながらも雷人は、脇目も振らずに夜の海に飛んだ。
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