第27話
美鈴の心傷は、白金級の金属生命体に殺されかけた事に端を発している。
白金の鎧を纏った様な姿の変身に成功しかけたが、そのトラウマが激しく妨害した結果、失敗に終わってしまう。
雷人と肩を並べて戦えない。
この事に著しく気落ちした美鈴は、自室に閉じこもり、昼食はおろか夕食の場にも姿を見せなかった。
かなりの重傷であるのは間違い無い。
出来る事は全てやる。
その精神を元に雷人は、自室で筆を取り画用紙に向かっていた。手元には翔一郎に頼んで用意して貰った、白金級の全身が印刷された数枚の紙があった。
試行錯誤を繰り返した結果、満足のいく絵が描けた時、時計の針は午後九時半を過ぎていた。何の連絡も無しに部屋を訪れるのは、憚られる時間である。
雷人はまず、携帯電話で美鈴に電文を送る事にした。
「今から娯楽室に来られるか?見せたい物があるんだ」
美鈴に語り掛けているつもりで、声に出して雷人は文字を入力し、送信した。
折り返しすぐの返信は無かった。
二分ほど間を置いて『良いよ』とだけ返って来た。
「良し」
拒否されずに済んだので雷人は、今の気持ちを素直に声に出した。
写生帳を手にして雷人は部屋を出た。
他部隊と同様、特殊遊撃隊の寮も男性区画と女性区画は明確に別れている。
雷人は共用区画内にある、漫画などの書籍や将棋盤などが置かれている娯楽室を目指した。
一分も掛からずに到着する。
「美鈴はまだだな」
扉を叩いてから入室するも、部屋は真っ暗だった。照明を点けてから雷人は机のある椅子に座り、美鈴の到着を待った。
今の美鈴が扉を叩こうものなら、扉を壊しかねない。なので部屋の扉は開けっ放しにしてある。
到着から待つこと三分。
踏ん切りがつかないのか。身支度に時間が掛かっているのか。
「お待たせ、雷人……」
こちらから出向くか。そう雷人が考え始めた頃、憔悴しきった顔で待ち人はやって来た。
病み上がりの様な顔をしているが、美鈴には違いない。配慮する以外は、普段と変わらずに接する事を雷人は心掛けた。
「悪かったな。こんな時間に呼び出して」
雷人は立ち上がりながら声を掛けた。
「ううん。気にしないで」
美鈴は頭を左右に振るも、その動きは弱々しく精彩を欠いている。
もしかしたら、雷人が考えた事も徒労に終わるかもしれない。思考を否定的な方向に引っ張る磁力を美鈴は醸していた。
「何か飲むか?」
「……ありがとう。でも、今はいらない」
「そうか。じゃあ、早速本題に入ろう。座ってくれ」
「うん……」
何を言われるんだろう。
恐れと不安が入り交じる表情で美鈴は、机を挟んだ真向かいにある、専用の頑丈な椅子に座った。
それを見届けてから雷人も腰を下ろす。
「そう身構える必要なんて無い。俺はただ提案したいだけだ」
「提案?」
「そうだ。考えたんだが、トラウマになっている白金級。そいつの姿を思い浮かべた事で美鈴は失敗した。ただ、それが無ければ成功していたかもしれない。そこはどう思っている?」
「……手応えはあったんだ。上手く想像が出来ていたと思うし」
「そうだな。それは隣で見ていた俺もそう思った。あれさえ無ければ成功していたと思う」
「うん。多分そう」
「そこでだ!」
声量強めに言って雷人は、椅子の脚に立て掛けていた写生帳を持ち上げ、絵が美鈴に見えるように机の上に置いた。
「なら、白金級の色や形。見た目を全て排した姿なら、美鈴のトラウマを刺激しないかもしれない。俺はそう考えて、これを描いたんだ。どうだ?」
「……」
白金級の要素を完全に除外しただけでなく、色彩のバランスや造形美。
何より美鈴の戦闘形態という事で、雷人が全身全霊を注ぎ込んだ絵を、当の美鈴は黙って眺めた。
「……プッ。クククッ」
アハハハハッと、しばらく雷人の絵を眺めていた美鈴は、それまでの落ち込み様から一転。声を上げて笑い出した。
「お、おい?」
笑いを誘う因子は、あの絵の中に描いていないはずだ。
塞ぎ込むより遥かに良いとはいえ、予想外の反応に雷人は面食らった。
「ごめんごめん。あー久しぶりに大笑いしたよ」
息を整えた後で美鈴は続ける。
「だって雷人ったら、風景画とか果物の絵とかはあんなに下手くそなのに、私の絵だけは凄く上手いからさ。毎回なんでって思うわよ」
「そんなに下手か?」
「うん。雷人の為にならないから、そこは甘やかさないよ」
「そうかなぁ」
「そうなの。どこまでも脱線するからこの話は終わり……ありがとう雷人。確かにこれなら、憎き白金級の姿を思い浮かべなくて済みそう。でも、今日はもう遅いから明日試してみるよ。万全の状態で臨みたいから」
「ああ。是非そうしてく……」
雷人の言葉を遮る。それが目的であるかの様に、敵の襲来を告げる警報のラッパが鳴り響いた。
「「!」」
「総員戦闘配置。総員戦闘配置。本州の対岸に魔族の大軍を確認。速やかに迎撃態勢を整えよ。繰り返す。総員戦闘配置……」
「雷人!」
「ああ。行くぞ美鈴」
私服の二人は、駆け足でそれぞれの部屋に戻る。
美鈴の右手は慈しむ様に、雷人の写生帳を抱えていた。
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