第25話
昏睡状態だったとはいえ、美鈴は一ヶ月以上も飲まず食わずで平気だった。
金属の体の維持に、人間が必要とする栄養素のほとんどが必要なさそうな事は、少し考えれば分かる。
せいぜいが鉄分や亜鉛くらいか?
それでも美鈴は、人間である事を忘れたくない。
雷人が大いに共感出来る理由から、三食を毎日欠かさずに食べる事を欲した。
胃や小腸などの消化器官が存在し、それらが機能していることは、研究所での調査で判明していた。
ここ数日の美鈴の食事風景を見る限り、味覚も失われていない。
今朝も美味しそうに朝食を摂っていた。
その
効果があるのかはともかく、恵が美鈴の背中をさすっていた。
「ゆっくりで良い。まずは落ち着いて呼吸するんだ」
雷人は美鈴の顔の傍でしゃがみ込み、声を掛ける。
「う、うん……」
「そう。焦らずゆっくりね」
まずは美鈴の状態を落ち着かせる。雷人と恵はその事を最優先した。
自力で動ける事を確認した後で、木陰に移動し回復体位を美鈴に取らせる。
「何かあったのか?美鈴。問題無ければ教えてほしい」
美鈴の容態が落ち着いたのを見計らって雷人は、ゆっくりと声掛けする。
顔を横に向けた状態のまま、美鈴もゆっくりと口を開く。
「……戦闘形態と言っても、雷人の様に具体的な姿が想像出来なかったから、白金級の見た目を思い浮かべてみたの。そうしたら急に吐き気がして。我慢する事も出来なくて……ごめんなさい」
謝りつつ美鈴は、回復体位から仰向けの姿勢を取った。
「謝らなくても良い。白金級と言えば美鈴を殺そうとした奴だろ?そんなトラウマになってもおかしくない奴の姿を思い浮かべたんだ。気分だって悪くなる」
「ありがとう……それもあるけど、殺されるって事は、雷人と死別する事だから。そう思ったら凄く怖くなって……」
「……」
今は気持ちを吐き出させよう。
そう思った雷人は口を挟まなかった。
「私、雷人と肩を並べて戦える事になって凄く嬉しかったんだ。でも雷人は、戦闘形態への変身に関して、私の数歩先を行っている。だから、どこかで焦っていたんだと思う」
このままでは肩を並べられない。言外にそう言っている美鈴は左腕を、自分の両目を覆うように置いた。
今の顔を見られたくないのだろう。
「……思い詰めるなよ」
「うん。私は休んでいれば大丈夫。雷人は変身の特訓をしてきて」
美鈴の言葉に雷人は、精神的な壁を感じ取ったが、そこには触れない事にした。
「……分かった」
「美鈴は私が見ているから。雷人も無理はしないで。誰も知らない、未知の問題をやっているのを忘れない様に」
「分かりました。お願いします」
恋人同士とはいえ、時には相方と離れる事も必要となる。若干の心のすれ違いを感じる今がその時だ。雷人は思い至る。
それは雷人にも当て嵌まっていた。
介法している恵に言って雷人は、二人の元を離れた。
この問題は美鈴が、自分一人で立ち向かわなくてはならない。恋人であるのを理由に、相手の心に土足で踏み入るのは許されない。
「俺は美鈴と共に歩んでいきたいだけだ。支配したい訳ではない」
雷人は自分の言葉で結論づけると、美鈴からは見えない、庁舎内にある運動器具が置かれた部屋に移動した。
俺が戦う理由は他にもある。
その言葉を胸に雷人は特訓を再開した。
無数の殺意が溢れる中で赤雷波の威力を高める。それに比べれば、邪魔が一切入らない環境での特訓は順調だった。
戦闘形態の持続時間は、八分を超えるまでになっていた。
座禅を組むかの様な姿勢で特訓していた雷人は、正午まで十五分を切っている事に気がつく。
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