第24話

 第一特殊遊撃隊の分屯地は、森の中にあった。

 面積は近所の体育館二つ分といったところだろうか。他部隊の駐屯地や基地と比べれば、非常にこじんまりとしている。

 しかし、現時点で四人しかいない部隊としては充分な広さがあった。


 映像を見ていた会議室から四人は、分屯地内の広場に移動してきた。


「隊長。上着だけ脱いでも良いですか?翼の邪魔になるので」

「……ああ。それならば仕方が無いな」


 猫の額ほどの広場に着いた雷人は、翔一郎に断ってから上着を脱ぎ、上半身を裸にした。


「やだもう。雷人はいつの間に露出魔になったの?」

「……」


 言葉では拒否しているが、美鈴の声に嫌悪感は無い。

 恵は何も言わなかった。


「露出魔って。映像見ただろ。俺は戦闘形態になると背中に翼が生えるんだよ。服が破れてしまう」

「服については二人共に改善が必要だな。戦場で悠長に着替えている時間など無い。金城伍長の服についても、全力で動き回っても破れない物が必要だ」


 二人のやり取りに翔一郎が口を挟む。


「お願いします隊長」


 切実な口調で美鈴は翔一郎に言った。


「後は車だな。いつまでも工兵部隊のダンプを借りている訳にもいかない」

「そうですよね」

「まあ、そこはすでに手を打ってある。改造に時間が掛かるのでな。その内用意出来ると思う……私はこれから書類を作成しなければならない。後は少尉に任せるので、指示に従ってくれ」


 そう言い残して翔一郎は去って行った。


「良し。ここからは私が引き継ぐ……と言っても、二人が戦闘形態に変身する方法なんて、魔法以上に未知の領域。私に教えられる事なんて無いわ。さっき言った様に、実践あるのみとしか言えない」

「ええ。とにかくやってみます」


 自身の戦闘形態を見たばかりの雷人は、脳裏に焼きつけたその姿を想像すると同時に、集中力を研ぎ澄ませていく。

 最初は怒りに駆られて変身した。

 だとすると、逆に意識しない方が。難しく考えない方が良いのだろうか?

 出来るだけ想像に集中するべく、雷人は両目を閉じた。


(……今は試行錯誤あるのみ)


 難しく考えないとの方針から、服を着る感覚で雷人は、全身に戦闘形態の姿を投影する。視覚からの情報を閉ざした分、鋭敏になっていた雷人の肌は、身に起こっている変化を明確に捉える。


「「あっ!」」


 美鈴と恵の声が被るのが聞こえた。

 変化は感じ取れているが、自ら視界を閉ざしているので具体的には分からない。

 二人の軽い驚嘆の声に、好奇心がくすぐられた事から、雷人は両目を開けて現状確認しようとした。


 最初に見えたのは、以前と同じ赤くていかにも硬そうな、竜の鱗に覆われた両腕。

 幻覚などでないのは、二人の反応を見れば分かる。背中の翼が太陽の熱を感じ取ってもいる。

 まさか、いきなり成功するとは。

 成否が不明である事の、不安と緊張が和らいでいった時だった。


「「「あっ!」」」


 雷人の変身が解け、一瞬で人間の見た目に戻ってしまう。

 雷人は長めのため息を吐いた。


「……ま、そんなに簡単にいかないか。やっぱり」

「でも、ちゃんと雷人は戦闘形態になっていたよ。凄い凄い!」


 我が事の様に美鈴が称えてくれた。

 変身していたのは数瞬だったけれど、成功した事に違いは無い。後は変身を持続させるのと自在に制御するやり方を探り、身につけるだけだ。

 それに、得たものもあった。

 美鈴が喜色満面と興味津津の顔で、食い入る様に雷人の顔を見ていた。


「どうやって成功したの!?」

「……前に美鈴が、魔法のやり方について説明してくれただろ。魔法は想像と、それを補う言葉が大事ってやつ。あれと同じ事をやっただけだ。だから、魔法のやり方がそのまま通用するんだよ……」


 そこで雷人は、この方法が美鈴に適応しない可能性に思い至るが、言葉にはしなかった。


「そうなんだ。安心した。魔法のやり方が使えるかもしれないって事だから……じゃあ私もやってみるね」


 言って美鈴は押し黙り、精神統一をし始める。雷人と恵は固唾を飲んで見守る。

 変化は十秒ほどで現れた。

 美鈴の腕と脚が、白金の装甲を纏っているかの様に変容し始めていく。

 日の光を浴びて輝く白金。

 美鈴の容姿の次に美しい。そう雷人が思った時だった。


「うっ…………」


 突然、美鈴がうずくまったかと思うと、その場で嘔吐する。


「「美鈴!」」


 慌てて駆け寄る雷人と恵。

 肩で息をしている美鈴の顔は、病的なまでに青白かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る