新部隊
第21話
美鈴の覚醒から二日が経過した。
幸いにも、美鈴は美鈴のままであり、融合した金属生命体の自我が現れる事は無かった。
経過観察はしばらく必要だろうが、徐々に最大の懸念が薄まっていく。その事を雷人が素直に嬉しいと思っていた時だった。
雷人と美鈴の二人が、軍の上層部から招喚命令を受けたのは。
「そっと降りるんだぞ」
「うん、分かってる」
制服を着た雷人が、同じく制服姿の美鈴に建前で注意を促す。
体重が一トン以上にもなってしまった美鈴から見て、一般的な衣服は紙で出来ているに等しい。
一トン以上もの重さの体を美鈴は、以前と変わらない調子で動かしている。原理はともかく、以前と比べ物にならない力が生じているのは間違い無い。
そんな今の美鈴では、大股で歩くなど。普通の人間と同じ動きであったとしても、生地や縫製が耐えられない可能性が非常に高い。
極めて慎重な挙動が求められる中、美鈴の乗ってきた車が、服の保護を殊更難しくしている。
徹底的に水洗いした後で乾かした、土砂運搬用の四トンダンプの荷台から美鈴は降りようとしていたからだ。
美鈴が乗っても壊れないような頑丈なスロープを横づけし、それを足場にすることで、美鈴は荷台から降りようとしている。
雷人はその傍らで補助をしていた。
淡い期待を抱きながら。
「大丈夫か?これしかすぐに用意出来る車が無かったんだ」
制服の伸び具合を確認しつつ降りる美鈴を前に翔一郎は、心配そうに美鈴の動きを目で追っていた。
「大尉のせいじゃありませんよ。私はもう普通の車には乗れませんから。この事は自分で選んだ結果ですし」
降りきった美鈴もまた、翔一郎に恐縮しながら言った。
恵は上下前後。美鈴の制服を確認する。
「制服はどこも破れていないようね。将軍たちを前に制服が破れていたのでは、話にならないからね」
「……ち」
「?」
どこにそんな要素があったの?
そう言わんばかりの美鈴が、軽く舌打ちした雷人の顔を不思議そうに覗き込む。
「どうしたの雷人?思いっきり悔しそうな顔をして」
「俺としては、美鈴の制服や下着が四散するのも有りだっ……」
ガン!
「はっ倒すよ?」
建築現場から聞こえて来そうな、金属と金属がぶつかり合う音の後で、美鈴が微笑みながら凄む。
音の正体は、美鈴が両拳を叩き合わせたものだった。
師団司令部の裏手という事もあって、手加減はしたようだが、その音はしっかりと邪な雷人の耳に届いていた。
「はいはい。いつも通りの馬鹿な話をしてないで。早くしないと、師団長や知事が先に部屋に入ってしまうでしょ」
口では苦言を呈しながらも、雷人と美鈴の日常が帰ってきた。以前より刺激が強めになっているとはいえ、恵はその事に安堵している様な表情を浮かべている。
これで恵の自責の念も無くなるだろう。
雷人は喉に刺さった魚の骨が取れた気分になった。美鈴も同様の様だ。
「全く……そこは全然変わってないんだから。ほら。馬鹿話なら、後でいくらでもつき合ってあげるから」
恵の罪悪感が払拭された事で、見るからに上機嫌である美鈴が、包容力のある笑みを浮かべて言った。
「お、おう……」
幼い頃から実戦空手を習っていたので、美鈴は昔から気が強い方ではあったが、今は頑丈過ぎる体も手に入れてしまった。
そのせいだろう。
間違い無く以前より剛胆になっている。
体の状態は、心の状態に直結する。
雷人は美鈴の勢いに、幾分は気圧されていた。
(それでもようやく俺は、美鈴との日常に帰って来れたんだな)
だが、雷人は悪い気がしないどころか、良い意味で力強くなった恋人の隣という、ずっと望んでいた場所に戻って来れた。
そんな実感が湧いて来るも、この先には師団長ら、上級将校の聞き取りの場が待っている。
浮ついた心を捨て、気を引き締めるべく雷人は、軽くため息を吐いた。
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