第18話

 翔一郎の運転で車は、国防研究所内にある一棟の建物の出入り口で止まった。


「俺は車を駐車場に置いてくる。恵。案内は出来るな?」

「ええ。落ち着いたから大丈夫」


 うっすらと涙の跡が残る顔で恵は、ほぼいつも通りの口調で答えた。

 こっちよ。ついてきてと言って恵は、絨毯や壁紙で覆ってあるものの、壁や柱。床などが金属のみで造られた建物の中へ入って行く。

 雷人はその後に続いた。

 前を行く恵の背中に語りかける。


「少尉。質問しても良いでしょうか?」

「良いわよ」

「美鈴が襲われた際、周りには大勢の魔導士がいたはずです。なのにどうして美鈴が標的に。話を聞いた限りでは、金属生命体は最初から美鈴を標的にしていたようにしか思えません」


「……これはあくまで私の推測だけど、あの金属生命体の目的は、戦闘力に秀でた人間の排除にあったと思うの」

「排除……」


「そう。美鈴は一魔連の中でも、飛び抜けて魔法の才能があった。十人掛かりでする魔法を一人でそれ以上にこなすもの。それを見ていたのでしょうね。他の部隊でも報告が上がっていたわ。優秀な兵士ほど狙われていたと」


「……こちらの優秀な兵士を削るのが目的だったという事は、近い内にまた金属生命体の侵攻があるのかもしれませんね」

「その可能性は高いわ。上層部もそのつもりでいるみたい」


 なら、俺が壊滅させた金属生命体の軍勢は、その一翼を担っていた可能性がある。

 島への脅威を減らした意味でも、先般の戦闘には価値があった。

 雷人はそう考える事にした。


「あらかた完了したけど、被害の復旧や金属生命体の残骸の回収を急がせたもの。間にあって良かったわ」


 海鐘島だけでなく、世界中の人類にとって金属生命体の残骸は、貴重な金属資源となっている。

 兵器や機械の材料になっているのはもちろんの事、この建物も、その残骸を溶かして成型した部材で建てられている。

 その廊下を進んだ先にあった一室の前で恵は立ち止まる。


「この部屋の中に美鈴はいるわ」


 恵は指紋認証と、暗証番号を入力する端末に右腕を伸ばす。しかし、恵は途中で動きを止めたばかりか、腕を下ろして雷人に向き直る。


「……これは正直、言いたくないけれど、可能性がある以上は言っておくわ」


 口ぶりと表情からして、恵がこれから話す事は、この件における最悪の事態に違いない。

 雷人はそう予感する。


「これからもし美鈴が目を覚ましたとしても、それは私たちが知る美鈴では無い可能性があるわ。美鈴は意思を持たない、ただの金属と融合したのではないもの」

「……それは俺も考えていました。美鈴の見た目をしているけど、中身は金属生命体であると」


 美鈴が敵になった事態を想像する。

 それだけで雷人の心は、ひねられたかの様な痛みを覚える。

 しかも、その想像の痛みには更なる続きがあった。


「……もしもそんな事になれば、せめて俺の……俺の手で美鈴を楽にしてやります」


 この痛みは自分だけのもの。

 そう思っていた雷人の考えは良い意味で裏切られた。


「何を言っているのかしら。そこは俺たちの手で、でしょ。美鈴が悪を成す前に止めてやりたい。そう思っているのは雷人だけじゃないわよ」


「恵さん……」

「それに、この先何が起こるかなんて、誰も断言なんて出来ない。美鈴のままかもしれない。だから今は前に進みましょう」


 そう言って恵は扉を解錠する。

 室内は全面が、剥き出しの金属で覆われていた。広さは十畳ほど。

 その部屋の中心付近で美鈴は、様々な計器に繋がれた状態で、こちらに足を向けて寝かされていた。

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