第17話

 灯りが照らす夜道を一台の車が進む。

 その車内で雷人は耳を疑った。

 軍の四輪車を運転する恵が、美鈴は軍病院ではなく、軍が所管する国防研究所。それも、金属生命体を専門に研究している部署にいる。そう説明したからだ。


「何で研究所に美鈴が……」


 助手席に座る雷人は、一瞬にして思考が散漫になった。

 考えたくないが、美鈴の身に何かあったのは間違い無い。だが、その収容先が軍病院ではなく研究所。しかも金属生命体を研究する部署というのが分からなかった。

 点と点がまるで繋がらない。


「恵。いきなり居場所だけ言っても、肝心な事を知らない伍長が理解出来るはず無いだろう」


 後部座席に座る翔一郎の指摘が飛ぶ。


「ごめん。順を追って、最初から言わないと分からないわよね……」


 そう謝るように言ってから恵は、最初から説明し始めた。

 金属生命体の侵攻。

 迎撃していた美鈴の前に、白金級の金属生命体が現れた事。

 絶体絶命の危機に陥った美鈴が、自身と白金級に融合魔法を使用した事など。


「俺のいない間にそんな事が……」

「融合魔法自体は成功したわ。だから美鈴は今、金属生命体の研究施設にいるの」

「という事は、美鈴の体は今、金属生命体と同じという事ですか?」


「……そうよ。そして、あれから美鈴はずっと昏睡状態が続いているの。原因はまるで分かっていない」

「昏睡……」


 美鈴が不幸になった事の悲しみ。

 金属生命体への怒り。

 そして、最後まで諦めなかった美鈴が、生きてくれている事の喜び。

 様々な感情が雷人の心で渦を巻く。


「後は雷人が自分の目で確かめて」

「そうします……でも、分かっている事もあるのですよね?」

「ええ」

「どんなに些細な事でも構いません。分かっている事を教えて下さい」


 雷人は一瞬だけ恵の横顔を見てから、前に視線を向けた。

 運転している恵は、前後左右に目を向けながら説明を続ける。


「そうね。まず見た目はほとんど以前の美鈴のままよ。外見で変わったのは、黒髪が銀色になった事ね。白金級の見た目を受け継いだせいと考えられているわ」

「……」


 雷人は口を挟まない事にした。

 恵の言葉を受けて生じた、最悪の可能性への恐怖。

 それを悟られまいと、雷人は真っ直ぐ前に視線を固定する。


「後は、その……見た目は同じでも、中身がまるで入れ替わっているわ。我々の筋肉や骨格は主に炭素で出来ている。けど美鈴は心臓や脳といった臓器から、皮膚や骨など。その形状は人間のままだけど、成分が完全に白金に置き換わっているの。現状で分かっているのはこれだけね」


「そうですか……美鈴も俺と同じになってしまったんですね」

「伍長。その事は考えるな」


 危ういとも取れる雷人の言葉に、翔一郎が即座に反応する。

 交差点の信号が赤になったので、恵は車を停止させた。


「……分かっています。変な気を起こしたりはしません」

「雷人。美鈴は頑張ったの。あなたと再会するためにね。だからどうか、怒らないであげて」


 恵は雷人の目を真っ直ぐに見据える。

 雷人も恵と視線を合わせた。


「怒るものですか。逆に良くやったって褒めてやります」

「変な気を起こさなければそれで良い」


 信号が青になったので、安堵した様子の恵は車を発進させた。


「昔、美鈴と誓いあったんです。例え敵の肉を食ってでも生き延びると。まさか本当の事になるとは思いませんでしたよ」


 重くなった車内の空気を和ませようと、雷人は試みた。が、笑えない冗談だったので、むしろ余計に重くなってしまう。

 その時、不意に車が左に寄り、完全に停車する。


「少尉?」


 ハンドルに覆いかぶさる様に、顔を伏せた恵に雷人は声を掛ける。その耳に恵の嗚咽が届いた。


「ごめんなさい。雷人。あの時、傍にいながら美鈴を守ってやれなくて」

「そんな。少尉に落ち度なんてありませんよ」

「あるわよっ」


 体を起こし、大粒の涙を流しながら恵は雷人に詰め寄る。

 恵の涙に雷人は、彼女の一ヶ月分の責め苦を見た。


「私に力がもっとあれば救えた。美鈴も。あなたとの時間も……前に美鈴が言っていたの。雷人が絵を描いている隣で、取り留めのない会話を交わしながら、私が酒を飲む時間が何より楽しいって。なのに私はそれを守る事が出来なかった」

「……少尉」


 恵に掛けるべき言葉を雷人は見出だせなかった。今の恵をどうにか出来るのは、恵自身か美鈴だけ。

 その確信だけは強くあった。


「今のお前に運転は無理だ。代われ」


 言って翔一郎は、答えを聞かずに車から降り、運転席側の扉の前に立った。


「……」


 無言で恵は扉を開け、そのまま後部座席に移動する。その間、雷人と翔一郎も黙って恵を目で追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る