第16話
風雨に見舞われる心配の無い、快適な環境で寝て覚めた翌日。
「体温が四十五度!なのに何の自覚症状も無いのですか!?」
「はい。至って普通です」
人間なら死んでいるはずの体温でありながら、目の前の雷人は生きている。
前代未聞の事象に、訳が分からない様子で慌て興奮する。そんな医師に雷人は、冷静に受け答えした。
視力や心電図検査など。ほぼ全ての検査と診断において、同様のやり取りが交わされた結果、医学的にも雷人の人外ぶりが証明される。
体重は以前の二倍に増えた。
変わっていなかったのは身長と、服や靴などの大きさだけだった。
軍病院での身体検査と本格的な聞き取り調査によって、雷人が気がついた時には、とっくに夜となっていた。
特に身体検査において、色々とあった一日だったが、この体で生きるしかない。
時間を経る毎に。新しい事実が判明する度に、その覚悟が固まっていった雷人にとって、医師たちの説明は、通過儀礼の中の説明でしかなかった。
「ご馳走様でした……」
美味いけど味気無い。
一人きりの夕食を終え、箸を置いた雷人はそう言って合掌した。
昨日は泣けるくらいに美味かった。
だが、今日は味以外の物足りなさを雷人は感じていた。その理由は明確だった。一人きりの食事だからである。
今の雷人の存在には
島へ護送された時もそうだった。
とにかく人目に触れない事を第一に、雷人はこの部屋に連れて来られた。
「美鈴は、今も俺が行方不明だと思っているという訳か……」
第一魔導連隊の軍人とは、一度も遭遇しなかった。
ずしりと重い申し訳無さが、雷人の両肩に伸し掛かる。
せめて美鈴には無事を報せたい。
翔一郎が顔を見せたら直訴しよう。そう考えた雷人は、椅子に体を預けながら、上官が来るのを待ちわびた。
しばらくして扉が外側から叩かれる。
機敏な動作で雷人は扉へと向かい、かなりの勢いで扉を引き開けた。
「伍長……」
雷人にとって意外だったのは、扉の向こうにいたのが、制服姿の翔一郎だけではなかった点である。
「扉は静かに開けろ」
「申し訳ありません。大尉……しかし、どうして千葉少尉がここに?」
翔一郎の後ろに立っていたのは、女性用の制服を着ていた恵だった。
何故、美鈴の上官がここにいるのか?それならば、どうして美鈴がいないのか。
自惚れる気はないけれど、雷人が生きていると知って、美鈴が会いに来ないはずがない。
演習で三日会えなかっただけでも、寂しいと言うくらいに美鈴は、兎の心の持ち主なのだから。
不吉な予感しかしなかった。
「久しぶりね。伍長……無事に帰還出来てなによりだわ」
恵は努めて平静を装っているものの、隠しきれない申し訳無さを滲ませている様にも見える。その態度が更に雷人の心を掻き乱す。
「え、ええ。お久しぶりです。少尉」
部隊が異なるだけに、本来なら雷人と恵に接点は無い。互いに面識があるのは、美鈴が二人を繋げているからである。
美鈴の身に何かあったのか?
導き出された答えを前に、言葉にこそしなかったが、雷人の心は言い知れぬ不安を覚えた。
どう言えば良いか分からず、雷人は押し黙る。恵も同様に見えた。
「……安心しろ伍長。金城伍長は生きている。生きてはいるのだが」
「……生きてはいるのですね」
二人を取り持つ様に口を開いたのは翔一郎だった。含みを持たせた言い方が引っかかるけど、どの道やるべき事は一つだ。
「だったら会わせて下さい。美鈴に。俺にはそれしかありませんから」
「……本来なら、真っ先に言うべきだったのだろうがな。伍長の精神状態を見てから判断しようと決めたのは私だ。それで気を悪くしていたのならすまない」
「気を悪くなんてしていません。大尉は自分の事を考えてくれたのですから。感謝こそすれ、責める気はありません」
雷人は偽りの無い本心を口にした。
「だから言ったでしょ。伍長なら心配ないって」
「ああ。君の言う通りだったな」
「でしょ……という訳で、ここからは私が説明しながら案内するわ。ついてきて」
「お願いします……」
魔族及び金属生命体の軍をねじ伏せるだけの、人間を超越する力を雷人は得た。
しかし、突きつけられる現実次第では、こちらが潰されてしまうかもしれない。
恐怖を感じない訳が無かった。
体は竜でも、心が人間である事をここでも雷人は痛感する。
そんな雷人の心理は、握りしめながらも震えている両拳が、何よりも雄弁に物語っていた。
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