帰還する人外
第15話
一ヶ月ぶりの海鐘島での生活は、特に精神的な意味合いで最高だった。
「島での暮らしが、こんなにも尊かったとはな」
鼻歌混じりに体の垢を洗い流し、髭も剃った。
食事も格別の一言だった。
不自由極まりない、一ヶ月の野外生活を経たからこそ思う、雲泥の差。
ようやく島に帰還出来たのだ。
美鈴への想いは募る一方だったが、雷人は自らに言い聞かせる。
まずは上官への報告や説明、事後処理など諸々の要件を済ませてからだと。
雷人が自分の心を説き伏せていた最中、部屋の扉が叩かれる。
「入るぞ、伍長」
返事をする間を与える事無く、軍の制服を着た一人の男が扉を押し開ける。
男の名は
尖った顎と左眉の古傷に、やや釣り上がった目が印象的な、どこか武士を思わせる男だった。
雷人が所属する、第一特殊作戦連隊空中機動中隊の中隊長を務める男だ。両肩と左胸の階級章は、大尉を示している。
白旗を掲げてから一時間ほどで雷人は、国防陸軍の軍人。それも、所属している第一特殊作戦連隊の仲間たちに包囲された。
仲間に包囲された。その事に戸惑いを隠し切れなかった雷人に、最初に話し掛けて来たのが翔一郎だった。
「想定外の事があったものの、まずは伍長が無事で良かった。あの場でゆっくりと話を聞いたり、労う時間は無かったのでな」
未だに日本国防軍は、北海道と本州。四国と九州の土地を、一坪たりとて取り戻せていない。
地球外生命体の各勢力が、入り乱れて占領している。その様な場所で長話が出来る筈もなかった。
一団は即座にあの場を離脱。
雷人は出張で来た軍人が寝泊まりする部屋で、待機するように命じられた。翔一郎は軍の上層部への報告と説明を終えて、雷人の元へ現れたという訳だ。
「仲間を守れず、自分だけが生き残ってしまいました」
雷人は閉じた目を伏し目がちにして、仲間の死を悼む。同時に自分の無力さを噛み締めた。
もし竜の力があの時にあればと、あり得ない上に益体もない事を心中で唱えた。
「何を言う。伍長は立派に討伐任務をやり遂げたではないか。四小隊の皆も草葉の陰で喜んでいる事だろうよ」
「……そう言ってもらえて。心が大分軽くなりました」
この一ヶ月というもの。雷人は仲間の事について、一人で考え、悩んでいた。誰からの助言も得られず、堂々巡りしていた。
そこに風穴を開けてくれた上官には、感謝しかなかった。
「大尉。今後の処遇については……」
それでも好んで、この事に触れ続けたいとは思わない。
雷人は話題を変える事にした。
「取り敢えず、軍の上層部は態度を保留にした。明日以降、知事と議会議長も交えての緊急会議を開く事で今日は解散となったよ」
「そうですか……」
「分かりやすく落ち込むな。確かに伍長からしてみれば、速やかに処遇を決定してほしいだろうよ。恋人と気兼ねなく会う為にもな」
「相変わらず大尉は、何でもお見通しですね。変わりない様で何よりです」
仲間の死は重く堪えるが、美鈴がいれば何とか乗り切れる。
重い過去と均衡を保つには、未来を重くする必要がある。雷人にとって美鈴との暮らしがそれだ。
何を今更と言わんばかりに翔一郎は、細いため息を挟む。
「お見通しも何も、あれだけ仲睦まじい様を見せつけておいて何を抜け抜けと」
「いや、抜け抜けは言い過ぎですよ。俺も美鈴も分別は弁えていますから。まぁ、今すぐにでも会いたいのは当たりですが」
また小言と一緒にため息を吐かれる。そう思いきや、翔一郎は想像以上に固い表情で口を開く。
どこか辛そうというか。翔一郎が何かを逡巡している様に見えるのは、果たして気のせいだろうか?
「……今は我慢しろ。伍長が竜の肉を食った事で、どんな変化が起きているか分からないのだからな……恋人を危険に晒したくないだろう。安全が確認されるまで待て」
「?了解しました」
その割に雷人は、隔離される事無く、こうして翔一郎といつも通りに話している。
小さくない矛盾を感じた上に、翔一郎の言動に違和感も覚える。
それでも雷人は、信頼している上官の命令に従う事にした。
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