第11話

 生姜を食べた後に体が温まる。

 その比では無い熱を雷人は、自身の腹に感じていた。そしてその熱は徐々にだが、確実に体全体へと広がっている。


 熱量に比例して、発汗量も増えていく。

 一見、風邪を引いた時の生理現象そのものだが、どういう訳か。吐き気や気怠さといった症状は全く感じない。

 その事が逆に不気味だった。

 ある意味、風邪の諸症状で苦しんでいる方がまともな反応と言える。


 この様な状態を雷人は、未だかつて経験したことが無かった。

 しかし、この発汗量が続くのであれば、脱水症状に陥る事くらいは理解出来る。


「こいつは……とにかく川へ。水を飲まないとまずい」


 川に向かう間に、熱を帯びる範囲と汗が吹き出る部位は、胴体の全てと両膝にまで達していた。

 頭部や手足に及ぶのは時間の問題だ。

 だが、汗が目に染みる事はあっても、風邪を引いた時の様な、歩行に支障をきたすほどの立ち眩みはない。

 飢餓による栄養失調は、確実に起きているはずなのに。


 川の浅瀬に辿り着いた時には、正体不明の、長距離を走ったかの様な現象は全身に及んでいた。


 ある程度、体に水を取り入れたところで雷人は、火照りを冷ますべく冬の川に体を横たえる。長く浸かれば、低体温症で命を落とす冬の川の水温も、今の雷人には差し引きゼロであった。


「どうしてこうなったか……って、原因は一つしか無いよな」


 薄い綿の様な雪を見上げながら雷人は、考えるまでもなく結論に行き着いた。

 竜の肉を食べた影響に間違い無いと。

 これから何が起こるのかも分からない。

 しかし、自分で選んだ結果だ。後悔及び責任転嫁するつもりは無い。


 美鈴への思いから雷人は、自分の意思で生きる道を選んだ。そこから得たものを、他人にくれてやる気は無かった。それが自分の意に沿わないものであってもだ。

 そんなものを丸投げされても迷惑千万だろうし、手放しはしない。


 雷人は川から上半身を起こし、見つめる右手のひらを握る。

 相変わらずの熱量だった。


「ん?」


 そこで雷人は気づいた。

 最初に熱を持ち始めた腹部が、先ほどよりは冷えている事に。


「水で冷えたのか?その割には腕や脚はまだ熱っぽいが……」


 こみ上げる不安を抱えつつ雷人は、防弾衣と野戦迷彩服を脱ぎ、下着を上に捲り上げた。


「なんだ……これは」


 鍛え上げた腹筋の外観こそ同じだが、その色が濃い橙色だいだいいろをしていた。

 記憶の中にある、前に見た時の色と比べて、明らかに変化している。


「待て待て待て待て……」


 急な変異に頭が追いつかず、ほとんど思考停止状態で雷人は頭を捻る。

 もちろん、まともな考えは浮かばない。


 その間にも順に熱は冷めていく。

 腹と胸の変化は、色が変わっただけだった。

 しかし雷人は、胸と腹の色の変化が前触れに過ぎなかった事を、両肩の変化を目の当たりにした事で思い知る。


「……」


 ため息すら漏れない。

 一ヶ月前に見た、赤雷竜の皮膚と同じにしか見えない物が、雷人の肩にあった。

 それは、植物が成長する様子を倍速再生で見ているかの様だった。ゆっくりだが止まる事無く、肩からその先へと変化し続けている。

 再び雷人は、川に仰向けで倒れた。


「そっか……俺はもう、人で無くなったのだな」


 その呟きは、誰に聞かれるでもなく、冬の曇天に吸い込まれていった。


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