第10話

 竜は空から、驚異的な視力で敵を探す。

 金属生命体は索敵に熱探知を用い。

 魔族は専門の偵察部隊を持っている。

 道中は、絶対に敵に見つかってはならないという無理難題を前に、それでも雷人は百点満点を出さなければならない。


 時折見掛ける連中の目を欺くには、地面より低くなっている川の地形を利用しながら、慎重に進むしか無かった。


 それ故に、五日掛かって雷人は、ようやく日本海の手前。目的地付近へと辿り着いた。無事に着いたは良いが、食料も底を突き掛けている中で、更なる追い打ちがかけられる。 


「嘘だろ……」


 魔族と金属生命体の大規模な軍勢が、目的地のすぐ近くで戦闘を繰り広げていたのである。


 今の雷人の様な状況を考慮して人類は、本州側に幾つかの、発光信号送信所を設置していた。

 しかし、地球外生命体同士の戦いによって、そのほとんどは破壊された。最新の情報によると、現在使用可能な送信所は二箇所のみ。


 その内の一箇所は、ここから百五十キロ以上も離れた場所にある。無線器が使えない現状、今も使えるかどうかを聞いて確かめる事は出来ない。


 なのでそこが使えるかを確かめるには、現地まで脚を運ぶしかない。しかし、この一ヶ月弱の間に使えなくなっていたとしたら目も当てられない。

 敵の目がどこにあるか分からない中で、竜の肉を食べずして、往復が可能な距離とは到底思えなかった。


 残るもう一箇所は、今まさに魔族と金属生命体の両軍が衝突している、戦場の向こう側にある。双眼鏡で確かめた限りでは、どうやら無事の様だ。


 よりによってなんで今なんだ。しかもここで戦うんだ!


 そう怒鳴りたくなる気持ちを堪える。

 見たところ、二万対二万の軍勢の戦い。

 四万の敵と紙一重の状態では、発光信号を送る以前に、施設に接近するだけで命懸けとなる。


 泳いて海を越える事も考えた。

 しかし、今は冬の海だ。夏の海ならともかく、冬の海に単独で。しかも食事量が極めて制限された状態にある。

 泳ぎきる事が出来ずに、海の藻屑となる可能性は充分に考えられる。

 この方法も却下した。


 せめてもの救いは、比較的小規模の争いという事だ。

 今まで島から敵の争いを観測してきた限りでは、これくらいの規模の戦いなら、長くて一週間ほどで終わっていたはずだ。


 極力体を動かさずに、少しだけ食う間隔を開ければ、地球の生物の肉だけで一週間は過ごせるだろう。いや過ごすしかない。

 またしても選択肢は一つだけ。

 理不尽と思いながらも雷人は、それでも覚悟を少しずつ積み重ねていく。


          ※

 

 何事にも例外はある。

 双方に続々と送り込まれる増援。

 一週間経過したが、戦いは終わるどころか激化する一方だった。

 やはり、もう一方の施設に向うべきだったのかという、後悔にも似た思いが頭を駆け巡る。そんな中で雷人は、最後の鹿肉一切れを口に運ぶ。


 五キロほどの距離を戻れば、雷竜の死骸があった事を雷人は思い出した。竜の肉も含めれば、食料は豊富にある。

 いよいよ追い詰められた感が募る。


 鹿肉一枚で腹はまるで満足しなかった。

 一億円が収まる金庫に、百万円しか入っていない。そんな侘しさを覚える。

 空腹は最早、苦痛の領域にまで突入してしていた。

 腹の音は、命の危機を告げる警鐘だ。


 更に二日が過ぎた。

 積もりこそしないが、雪が日本海の風に舞う中で続く、魔族と金属生命体の争い。

 それは今の雷人にとって、海の彼方の出来事と同じだった。


「…………もう無理だ」


 うつ伏せで横たわる雷人の言葉は、一瞬で海風にかき消えた。

 これ以上は命を繋いでおけない。

 ここで竜の肉を食べなければ、間違いなく美鈴と会えなくなる。自分自身の手で、未来へ繋がる道を断ってしまう。


 左腕で背嚢を引き寄せ、中に右腕を差し込む。右手で掴んだ竜の肉は、見た目は牛の赤身肉に似ている。


「美鈴との未来。こんなところで諦めてたまるかよ!」


 執念と勢いで雷人は、死後何十年経っても腐らない未知の肉にかぶりつく。


「……美味い!」


 引き締まっていた見た目に反して、赤雷竜の肉はかなり柔らかい。しかも味は、これまで食べてきたどの肉よりも段違いに美味いときている。

 舌が痺れるなどといった、即効性の異常は今のところ認められない。


 一度口にした事と味の良さで、竜の肉ヘの抵抗感が無くなった雷人は、手に取った肉を全て食べきった。

 体力の回復を待って、道中で見た竜の元へ戻ろうと考えたのだ。


 しかし、食後六時間が経過した頃。本格的な消化を行う小腸に、胃で処理された食べ物が送り込まれる辺りから、雷人の体に異変が起き始める。

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