第8話

 停戦という文字を知らない大戦は、全世界を焦土と化した。

 影響を被ったのは人間だけではない。絶滅したのではと思えるくらいに、野生動物は姿を見せなくなってしまう。

 しかもこれから冬を迎える。食用植物の実などが確実に減る季節だ。腹を満たせる可能性は輪を掛けて低くなる。


 食料が無くて敵はいる。

 雷人の未来は今や、難境に向かって伸びる道の先にしか無かった。

 それでも雷人は前に進むと決めている。

 美鈴との約束を果たす為に。


『約束する。俺は最後の最後まで絶対に生きる事を諦めない。例え、敵の肉を食ってでもだ!』


 共に軍人として生きると決めた時、美鈴と固く誓い合い、事ある毎に噛み締めてきた文言だ。

 打てる手が残っているのに関わらず、途中で諦めたくない。自らを奮い立たせる意味を込めて思い出す。


 中身は損壊しているが、野戦食の袋が破れていなかったのは不幸中の幸いだった。節約すれば四日分ほどの食料にはなる。

 しかし、例え体が本調子であったとしても、四日で島まで辿り着く事は不可能だ。敵の目もある。


 加えて、雷人には山登りの経験と必要な装備が無い。その様な状態で、冬を迎えつつある山々を越える。

 無謀極まりないと、誰もが口を揃えて言うだろう。


 だが、美鈴と生きて再会するには、無謀であっても越えなければならない。


「まさか、本当にその時が来るとは思わなかったぜ」


 鹿などを狩って食料にするのが難しくなってしまった今、本当に地球外生命体である竜の肉を食べなければ、己の命を繋ぎ止められないかもしれない。


 だが、実際に食べて安全性を立証した者はいない。

 前代未聞の人体実験の第一号を、まさか自分が務めるかもしれないとは。


 雷人は、いつ爆発するか分からない時限爆弾を抱えている様な気分を覚えるも、本当にその時が来れば実行に移す覚悟は出来ていた。


 美鈴ヘの思いがそうさせる。

 あの時にあれをやっておけば……などと言って、死の間際に絶望する事だけはしたくなかった。


「とはいえ、竜の肉を食うのは最後の最後の手段だし……今の体で山を越えるのは不可能だ」


 地面を這って山越えする。その様な無謀を実行に移す訳には行かない。自分の脚で立って歩ける様になるまで、ここで回復を待つ必要がある。


「魚がいれば良いが……」


 繋ぎとなる食料として、川魚を雷人は思いつく。頭上の湖まで行けばいるかもしれないが、いくらなんでも素手で捕まえるのは無理だろう。


 せめて短刀が必要と思い、何とか四つん這いで動けるまでに回復した体で、外した装備の元へ向かおうとした時だった。


「これは……生き物の糞か!」


 小さな木の実の様な糞が、滝壺の水辺付近に大量に落ちている事に気がついた。しかも真新しい物もある。

 水を求めて生き物がやって来る、何よりの証拠だ。

 動物が絶滅せずに生き残っている。

 地面に近い場所に顔があったから気がつけた情報だった。


 食料も何とかなるかもしれない。

 気がつけば雷人は、弱い握力ながら右手を握り締めていた。


 先ほどまでは、いかに未練を残さずに諦め、どう納得のいく死を迎えるか?その事を考えていたが、今は違う。

 鹿や猪の野生動物が生存していると分かった事で、この状況に陥って初めて、望む未来に手が届く可能性が出てきた。


 緊張が緩んだからか。

 雷人の腹は、三日ぶりの食料を強烈に求める。


「分かった。分かったから、少しは落ち着けって」


 雷人は自らの腹に言い聞かせながら、野戦食の元へ四つん這いで移動する。三日ぶりの食事は、腹一杯に食べたい欲求と戦いながらのものとなった。


「美鈴。必ず帰るからな……生きて帰れたその時は、幾らでも酒に付き合ってやる。だから、あんまり恵さんや親父さんに無理言うんじゃねえぞ」


 俺が聞いてやるからよ。

 自らの決意と覚悟を固める意味も込めて雷人は、上機嫌に酒を飲んでいる、最愛の女の顔を思い浮かべる。


 食事を摂った雷人はその内、猛烈な眠気を覚えた。

 生きて帰る為にも、体力の回復は必要であり睡眠は欠かせない。

 幸いと言ってはなんだが、今は竜の死骸という最強の魔除けもある。

 眠っている間に、熊などの野生動物に襲われる。そんな心配をせずとも済みそうである。


 滝の音も妨げにはならなかった。

 瞼を閉じて数瞬。雷人は深い眠りの底に落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る