竜を食らう
第7話
四回目の夜が来た。
赤雷による痛みと身体機能低下から回復しつつあるけれど、まだ立って歩くには至らない。
それでも体は正直だった。
壮絶な喉の乾きが雷人に、声なき緊急の水分補給を求め続けている。
幸いここは滝壺のほとり。
すぐ隣に水場がある。
(ありがとう。皆……)
普段なら気にも止めない幸運に雷人は、改めてこの地に導いてくれた仲間たちに強く感謝した。
滝の音が絶えず聞こえて来るのも、耳の機能が正常である事に加え、ここに水があるぞと教えてくれているみたいだった。
雷人は緩慢な動作で、未だ言う事を聞かない体をうつ伏せの体勢に持っていく。
歯を食いしばる。ゆっくりと崖を登るかの様に雷人は、這って水場を目指した。
息絶えている竜の体を迂回する。
歩けば数秒の距離も今は、地平線の彼方の様に遠く思える。
今なら亀に負ける自信があった。
ようやく水場に辿り着いた。
力の入らない両手を駆使し、やっとの思いで雷人は、頭全体を覆う鉄帽を外し終えた。
星明かりしか無い暗闇に溶け込む、軍人らしい短い黒髪に茶色の瞳。
典型的な日本人の見た目をしている雷人は、本能が命じるまま、水の流れに頭を突っ込んだ。
三日と数時間ぶりの水は格別だった。甘さを始めとする上質な旨さの水が、乾いた体に染み渡っていく。夢中で雷人は水を飲み続けた。窒息しかけるほどに。
「生き返った……」
本当に生きているのが不思議なくらいの重傷である。赤雷竜の絶命があと二秒遅れていたら、雷人も間違い無く道連れにされていただろう。
一秒遅れていたら、ただ生きているだけの廃人になっていたかもしれない。
(九死に一生を得るとはこの事か)
雷人は頭の芯から、可能なら生涯使いたくない
「俺は生き延びたぞ。美鈴……」
雷人は背筋が凍る思いがした。
愛しい女に二度と会えなくなる。
その事に純粋な戦慄を覚えたが、それをなし得る脅威は一先ず過ぎ去った。
水分を補給したからだろう。先ほどより楽に体を動かせる気がする。
雷人は軋む体をゆっくりと反転させ、赤雷竜の死骸を見た。
「生き延びたは良いが、さて。これからどうやって島に帰還するか……」
難敵との死闘に何とか打ち勝ち、生き残れた今、次は美鈴に生きて再会する為の方策を探る。
まずは島に現在地を報せる為の機器の具合を、駄目で元々の思いで確かめる。
「……やっぱり駄目だな。これは」
予想してはいたけれど、赤雷竜の攻撃によって通信機器や現在地送信装置などの電子機器は、完膚無きまでに破壊されてしまったようだ。電源すら入らない。
修理する知識と機材が無い上に、絶対に電波が届かないであろう、島から遠く離れた山中で遭難している。
通信網は島全体を覆うのがやっと。
そんな電波環境にある海鐘島の通信基地が、雷人の現在位置を把握している可能性は極めて低い。
せめて日本海までは自力で辿り着き、生存を島に報せなければ、気づいてすらもらえないだろう。
生還の為には、この前提で行動する必要がある。雷人はそう結論づけた。
海鐘島が見える海岸まで行けば、発光信号を送信するための設備がある。
自ずと、日本海に到達するに当たっての問題点が四つ、浮き彫りとなった。
険しい山岳地帯。いつどこで遭遇するか分からない敵勢力。重傷の体。そして、道中の食料問題だ。
どれも解決困難な問題ばかりだが、特に難題なのが食料の確保だ。
体の損傷に関しては、これから少しずつ復調していくと思われる。
幸い、行軍に支障を来す様な手足の障害は無さそうだ。過信は禁物だが、無理をしなければどうにかなるだろう。
敵勢力と地形の問題も、知恵と工夫次第で何とかなる余地はある。
だが、今の時代。野外での食料確保は運に大きく左右される為、自分の力のみで解決出来る訳ではない。
目下、最大の問題を前に雷人は、赤雷竜の死骸に顔を向けた。
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