第6話

 美鈴は引き剥がそうと敵の手首を掴む。

 しかし、首を締める金属の塊は、鉄の棒を引き千切ろうとするかの様にびくともしない。


 人間の様な形状と大きさ。白金はっきん色を基調に体の各部が青や白に輝いており、頭部には赤色に光る正方形の単眼を備えている。以上の特徴から、人類が白金級と称する金属生命体に相違無かった。


「美鈴っ……撃つな! 美鈴が巻き添えになる……全員、白金級以外との戦闘を継続しろ!」


 美鈴の心配をする顔と、指揮官としての顔がい交ぜとなった恵は、それでも冷静に指示を出す。


「一分隊と二分隊は距離を取り、挟撃の陣形で待機。美鈴を捕らえている奴をいつでも撃てる様にしておけ。美鈴。すぐに救援を呼ぶ。それまで踏ん張れるか!?」


 首と頭をほとんど動かす事が出来ない美鈴は、右手を上げる事を返答とした。

 硬化の魔法は自身の肉体を、岩石と同程度の硬さに強化する。魔力を温存するために美鈴は、全身に掛けた硬化魔法を首だけに限定して掛け直す。

 最善手を導き出し、実行するくらいの思考力はまだ残っていた。


 だからこそ理解出来る。

 この状況が、詰んでいるのにほぼ等しい事を。

 硬化魔法のお陰で、首をへし折られて即死という最悪こそ免れているが、この状況が長引けばいずれ魔力は尽きる。その先に待っているのは死だ。


 金属生命体を倒す事自体は可能だが、それをすればこちらも命を手放す事になる。

 それ故に、恵も手を出せないでいる。


「美鈴……耐えるんだ。高振動刃を扱う部隊の援軍を呼んだからな」


 自分が首を締められているかの様な、悲痛な声で恵は美鈴に問うた。そんな声を出させている事に美鈴は罪悪感を覚える。

 岩石並みの強度があるとはいえ、重金属が相手では勝ち目が無い。


 こうしている間にも指は、徐々に食い込んでいる。魔力が持ち続けたとしても、やがて限界が訪れる。

 おそらく応援は間に合わないだろう。


「恵さん。……お願いが、あります」


 じわじわと襲いくる痛みに耐えながら、途切れ途切れに美鈴は言葉を発した。


「美鈴?」


 状況はほぼ詰んでいるが、美鈴には一つだけこの状況を打開しうる、一か八かの手段が残されている。

 異なる二つの物質を一つにまとめる、融合魔法が。

 この数日間、美鈴が一度も成功していない魔法を使い、この金属生命体の意志と体を乗っ取る。


 成功するかどうか未知数な事に加え、術者自身に融合魔法を用いるという、前代未聞の大博打に命と人生を賭ける。


『約束する。俺は最後の最後まで絶対に生きる事を諦めない。例え、敵の肉を食ってでも!』


 美鈴も納得した上で、雷哉と交わした約束を思い出す。


「……私に何か異変があったその時は、躊躇わずに殺して下さい」

「異変だと!? それはどういう意味だ」


 殺して下さい。

 不穏当な言葉に恵は言葉を荒げる。

 融合魔法を生体に使ったら結果はどうなるのか? それを正確に言い当てられる人間はいない。


 逆に美鈴の自我が失われ、魔法を使える金属生命体一体が誕生してしまうかもしれない。

 それを危惧しての要請だった。


「これから私は、うっ……」


 説明しようと思った矢先、何かが軋む様な嫌な感触が自分の首から伝わる。

 息をするのが一段と苦しくなった。

 いよいよ硬化魔法ごと、首が握り潰されようとしている。物理的な意味で、これ以上は持たないかもしれない。


 融合魔法を自分と金属生命体に使う。

 美鈴がそう決意した直後、ずっと点灯したままだった赤い敵の単眼が、ここに来て点滅を繰り返す様になった。


「なっ……」


 勝ち誇っている?

 それとも、嘲り笑っている?

 点滅の意味は不明だが、そこに何らかの意志を感じ取った美鈴は、無性に腹が立った。

 何の意味があるにせよ、地球を目茶苦茶にした一派の一員であるのに変わりないのだ。絶対に友好的な意味ではない。


「こ、のっ!……」


 美鈴は怒りに沸々と震える右手で、敵の左手首を掴んだ。左手は自分の胸に添えた状態で息を吸い込み、憤怒の感情と共に吐き出す。


「融合っ!」


 叫びながら美鈴は、残るありったけの魔力を白金級の金属生命体と、自分自身に注ぎ込む。


 融合魔法は通常、弱火で水から煮込む様な感じで、じっくりと魔力を物質に通していく。その方が制御しやすいからだ。

 また、戦場で使う魔法でもない。


 しかし、今はそんな悠長にしていられる時間は皆無だ。

 今回は美鈴は絵の具ではなく、強火に掛けた鍋の中に焼け石を投入する事で、一気に沸騰させる場面を想像した。細かな制御よりも、とにかく時短を最優先させる。


「あ…………」


 気がつくと美鈴は一人だった。

 現実と思えるほど没入感の高い夢の中にいる感じがする。

 美鈴の首を掴んでいた、金属生命体の腕はどこにも無い。


 恵の声が何かを叫んでいる気がするも、何を口にしているかまでは聞き取れない。

 やがてその声も、聞こえなくなった。


 突如周囲を満たした白金色の液体に、美鈴の全身が沈んだからだ。白金色の液体の正体は、美鈴の融合魔法が掛かった金属生命体に間違いない。

 何となくだが、美鈴はそう直感した。


 今いる空間は六畳間ほどに狭く、どこにも出口は無さそうである。


(ああ。これが自分に融合魔法を使うって事なんだ……)


 融合魔法によって自分の体と、白金の液体が混ざり合っていく。


(え……)


 痛みや息苦しさは欠片も感じないが、融合が進行していくに従って、記憶や感覚など。自らの心身を構成する要素が薄まっていくのが知覚出来た。

 大事な人との思い出さえも、傷口からの血が、水の中に流れ出すかの様に少しずつ失われていく。


(嫌だ! 雷哉の事、忘れたくないよ……忘れたく無い。忘れたく無いっ!)


 雷哉との思い出が薄まっていくのなら、幾らでも思い出して頭の中を一杯にし続けてやる。


(負けてやるもんかっ!)


 いつ終わるのか誰にも分からない、美鈴の心の戦いが始まった。

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