第5話
地球外生命体の軍勢による大戦は、何世紀も昔から続いていた。
日本では江戸時代の中期辺りから、戦争の記述や絵の記録が残されている。
竜と金属生命体と魔族の勢力が、地球で戦争をしている理由は、開戦から三百年近く経過した現在でも不明だった。
そんな侵略勢力の一角が今、佐渡ヶ島に攻め寄せている金属生命体たちである。
本州の山並みを背後に、海と空の両方から迫る金属生命体の大軍。
数は最早数え切れない。
旧式の長距離砲及び、電磁砲はすでに戦闘を開始しており、人類がくず鉄と呼称している金属生命体軍を吹き飛ばしている。
金属生命体側も、ただやられているばかりでは無かった。光線をこちらに向けて発射し、方々で爆発が発生していた。
「火砲の残存戦力八十六パーセント」
「くず鉄は島から一キロほどに接近中」
「第一戦車連隊の全車両。戦闘準備完了」
「山の崩落により、
ひっきりなしに無線連絡が飛び交う中、美鈴が属する第一魔導連隊も配置に就いていた。
文字通り魔法で戦う連隊の任務はもちろん、魔法を使用しての敵の撃破と撹乱、味方の補助である。
「いいか!一体たりとも通すな!我々の背後には非戦闘員がいる事を忘れるなよ」
魔法で声量を高めた恵の檄が飛ぶ。
戦場の喧騒にかき消される事の無い彼女の、元からよく通る声が美鈴の耳に届く。
こんな時代で無ければ、歌手としてやって行けそうなほど綺麗な声だった。
実際、恵は小隊の飲み会でその歌声を披露している。
(いつ聞いても小隊長は良い声だな……この戦いが終わっても歌を聞きたいし、皆にも聞いてほしい……)
美鈴は一人静かに戦う意義を見出す。
(それに私が雷人に会いたいから、生き残りたい!)
この時代。海鐘島から逃げたところでもっと過酷な目に合うだけだ。特に事情も無いのに、ただ守られるだけというのも罪悪感が募る。
どう考えても不幸な時代だ。
しかし、だからこそ生と死に真摯に向き合う事が出来、自らの人生に自分の手で意義を見い出せている。
混迷の時代だからこそ、心から雷人を想えて、雷人から想われているのだと美鈴は信じていた。
砲撃は敵戦力を大いに削るも、完全な殲滅には至らない。
「敵の集団が上陸を開始!」
悲嘆と怒号が混ざり合った、女の声が無線器から届く。
その連絡を皮切りに、更に激しさを増していく彼我の破砕音。美鈴たちの担当防衛区域にも、重厚な足音が迫る。
「行くぞ。魔力を集中させろ」
分隊長である軍曹が、副官である美鈴を含めた分隊員に命令する。
金属生命体に有効なのは、鉄を溶かす程の高熱を与える熱溶解魔法だが、魔導士一人でその温度まで上げるのは困難である。
なので十人の分隊が一丸となり、魔力を一転に集中させていくが、一発を撃つまでに三十秒も掛かってしまう。
速射性能の面で劣る上に、攻撃範囲も旧式の火砲と同程度だ。速射が可能な戦車や火砲に比べ、魔法の使い勝手は良くない。
人類の魔法はまだまだ発展途上にある。
美鈴を除いて。
「……今っ!」
美鈴が練り上げた熱魔法球が、敵集団の中に着弾する。運悪く直撃を受けた個体は一瞬で。その周辺にいた金属生命体らは三秒程で溶解した。
十人掛かりで三十秒を要する熱攻撃魔法を美鈴は、一人かつ十秒を切る速さで撃つ事が出来る。
威力と範囲こそ大差無いが、魔法の才能が桁違いなのは明らかだ。
一魔連の才媛。
連隊の同僚や美鈴の事を知る人間は、尊敬の意を込めてそう呼んでいた。当の本人としては止めてほしいと思ってはいる。
「凄い……」
「よそ見すんな。集中せんか!」
「は、はいっ」
連隊に配属されたばかりの新兵が、目を輝かせながら美鈴に見惚れ、先輩兵士の短い叱責を受けていた。
そんなやり取りが視界に入るも、美鈴は次の魔法を撃つべく魔力を練り始める。
「調子を取り戻した様だな。その調子で引き続き殲滅に当たれ」
「はい!」
恵の声掛けに応えた後も美鈴は、ここ数日の絶不調が嘘であったかの様に、魔法で敵を撃破していく。
敵の攻撃に関しては、連隊の前衛を担当する大隊が魔法の壁で防いでくれる。後衛の美鈴は前衛ヘの信頼を、平均的な胸の奥に抱きながら魔法を撃ち続けた。
そんな中で疑念が芽吹く。
(おかしい……何か、変な感じがする)
美鈴は過去に三回、金属生命体の侵攻を経験している。全てが激戦であった。
それらに比べて今回は、攻撃が手ぬるいのではないか?
見た目には朧げだが、耳には不協和音として伝わる。形の見えない、不気味な違和感を美鈴は覚えた。
「ん?どうかしたのか?伍長」
「……何となくですが、嫌な予感がするんです。敵の攻撃が弱い気がして」
「……確かに。以前のくず鉄共の攻勢に比べれば、今回は明らかに戦力が手薄だな。南は囮で、他に別働隊でもいるのか?」
言って恵が、司令部と連絡を取る為だろう。美鈴の傍を離れた。
美鈴は地上を見渡す。
増援の気配は無い。
(だったら、空から?)
美鈴は青空に視線を移す。そこでそれに気がついた。
周囲には千人規模の魔導士がいる。
それにも関わらず、白金色に煌めく一体の金属生命体が、空から美鈴のいる場所を目掛けて降って来るのが見えた。狙い澄ましたかの様に。
突然の襲来に美鈴は、右に跳んで回避するのがやっとだった。
人間と同程度の大きさであっても、金属生命体一体の重量は一トン以上になる。着地の衝撃で、ほんの一秒前まで美鈴がいた場所は、対戦車地雷が爆発したかの様に吹き飛ぶ。
土の塊や小石が、噴水の様に撒き散らされる。
それらを全身に浴びながらも、しばらく反撃出来そうに無い事を悟った美鈴は、全身に硬化の魔法を掛けた。
金属生命体の拳は、鈍器その物なのだから。
「あぐっ!」
その直後、無防備だった美鈴の首を金属の両手が掴み、持ち上げた。そのまま首を締め上げ始める。
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