第4話

 風船が割れた時の様な破裂音と、美鈴の叫びが室内に響く。美鈴と同じ様に、魔法を用いた作業をしていた同僚たちが一斉に振り向いた。


「大丈夫か?美鈴」


 先ほど美鈴の名を呼んだ女性。

 美鈴が属する、一魔連の第一小隊の小隊長を務める千葉恵少尉が、部下を気遣う声と表情で問うた。


 恵は二十六歳になったばかり。側面と後部を刈り揃えた、男性並みに短い黒髪。筋肉質で細身の体を、濃紺の軍の制服で包んでいる。


「……は、はい。痛みとかは感じないので多分問題ありません」


 大切な人の生死と行方が、未だ不明となっている。

 空虚な心で美鈴は恵の問いに答えた。

 自分の事のはずなのに、他人事の様に実感が湧いて来なかった。


 美鈴の言葉に恵は安堵するも、すぐに表情を引き締める。上官としての顔だ。


「やはり雷人の事が心配か?」

「はい……雷人との楽しい思い出を思い出してみましたが、駄目でした」


 絵に関しては下手の横好きを地で行く事など。

 心に空いた穴を埋めるべく美鈴は、恋人の変なところまで思い出してみたが、結局は空いた穴から一方的に流出していってしまう。


 想像は想像でしか無い。本人の代わりになり得ない事を覚えた美鈴だった。

 そんな美鈴に対し恵は、数瞬考えたものの観念した様に口を開く。


「美鈴……いや、金城伍長」

「は、はいっ!」


 異論は認めない。

 言外に補足された上官の言葉に、美鈴は思わず立ち上がり気をつけの姿勢を取る。


「命令だ。しばらくの間、私が許可するまで魔法の使用を一切禁止とする……どうしても魔法を使いたい場合は、必ず私に相談する事。了解したか?」


 幸い、今回は無傷で済んだけれど、次は分からない。

 自分だけで済めばまだ良いが、他者を巻き込んでしまうのは最悪だ。


「はい。了解しました」


 上官の命令に従うしか無かった。

 長年に渡って人類は、魔族が使う魔法を研究してきたが、使用に成功したのは三十年ほど前の事。


 人類の魔法の歴史は浅く、解明されていない事の方が圧倒的に多い。その中には危険な事も含まれている。

 集中力を欠いた今の美鈴に、火薬にも毒にもなる魔法の制御は荷が重い。

 そう判断した恵の命令は、盤石なまでに理に適っていた。


「……私が許可する。早退しろ。今日はもう帰って休め」

「分かりました……」

「あえて言っておくが、変な気は起こすなよ。お前は一人ではないのだからな」

「はい。そこは分かっています。恵さんたち、隊の仲間もいますし。それに、雷人が帰って来た時に、私が墓の下にいたのでは死んでも死にきれませんから」


 自殺した結果の、取り返しのつかないすれ違い。

 想像しただけで美鈴は震える。


「それに、雷人は最後の最後まで諦める男じゃありませんから……駄目ですよね。信じると言っておきながら、心配するだなんて」

「何を言う。人間なんて、そんな簡単に割り切れるはずがないだろう。それが大切な人なら尚更だ」


「……ありがとうございます。恵さんと話していたら、大分心が軽くなりました」

「つっ……そ、それも上官の務めだ……飲み相手が欲しくなったら言ってくれ。何も無ければ付き合うぞ」

「はいっ!そのと……」


 その時はお願いします。

 そう美鈴が言おうとした時、敵の襲来を告げる号笛が放送設備から鳴り響く。

 訓練という前置きが無かった。

 即ちそれは、実戦を意味している。


「作業中止!総員戦闘用意っ!」


 誰よりも早く、恵が号笛に負けない凛とした大声で指示を飛ばす。

 言うまでもなく、上官の指示は絶対だ。

 直属の上官である恵から、魔法の禁止令を受けたばかりの私は、この事態にどうすれば良いか?

 美鈴は逡巡するも、それはごく僅かな時間だった。


 迷いを断ち切ったのは雷人の姿。

 一度だけ実戦の最中に見た、魔族の大群に臆する事無く立ち向かっていった、あの背中を美鈴は思い出す。


(……そんなの考えるまでも無かったわ。私も、島を守りたい気持ちは同じなんだから!)


 雷人は海鐘島を守る為に、強大な力を持つ竜に立ち向かっていった。

 私も彼の帰ってくる場所を守りたい。

 私も私の大切なふるさとを守りたい。

 この思いに嘘偽りなど無かった。


「少尉。私も戦います。魔法使用の許可を下さい!」

「……戦えるのか?」


 鑑定する様な目で恵は部下を見る。

 遠慮の無い上官の視線に美鈴は、臆する事無く口を開く。


「戦えます」


 美鈴は静かな闘志を口にする。

 数分前の無様な姿は絶対に見せない。誰でもなく美鈴は、自分に固く誓う。


「……分かった。私の隣から離れない事を条件に許可する。が、その前に」

「?」


 恵は美鈴の顔を、優しさと厳しさが同居している表情で見つめる。


「顔を拭いてこい。目には入っていないだろうな?」

「あ……だ、大丈夫です。目には入っていません……」


 腕や胴体に付着した、金とゴムが不完全に混ざりあった物体を美鈴は、思わず右手で摘みながら言った。


「なら良し。さっさと支度して、くず鉄共にお前の力を見せてやれ」

「はいっ!了解しました」


 このやり取りを経てから二人は、準備を整えるべく一旦別れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る