第30話 グールと呼ばれる存在


「チカホってのは、オレより3つ年上の女性だ」


 現喜は首にぶらさけていたロケットペンダントを取りだし、その内部に貼られた写真を俺に見せる。


 聖母のような雰囲気を持つ黒髪ロングの大人っぽい女性だ。


 こいつの年上好きは昔から変わらないな。小学生の時に高校生のお姉さんの尻を追いかけていたからなぁ。


 現喜は続けてこう説明する。


「鎌ケ谷のシェルターで知り合ったんだ。もちろん、清いお付き合いをさせていただいている」

「そんなかしこまらなくていいよ」


 父親じゃねーっての。


「だが、そのシェルターがグールに襲われてな」


 その名前は西船橋のシェルターで聞いたことがあった。残虐性が高く、人間を襲って食べると。


「そもそもグールって何者なんだ? 自然発生した化け物ってわけじゃないんだろ?」


 ゾンビだって、人間の死体から生まれたものだ。


「あいつらは元人間だ」

「ゾンビみたいな感じか? 死んだらゾンビになったりグールになったりするのか?」

「それは違う。あれは薬によって生まれた変異体だって言われている」

「変異体?」

「詳しくは知らないが、もともとゾンビ化しないように開発された薬だったらしいが、その開発が失敗して、それが改良されて劇薬として出回っている」

「劇薬なのになぜ使われるんだ?」

「究極の選択だよ。40代以上は感染率も高くてゾンビ化しやすい。感染すれば24時間以内に『死』か『ゾンビ化』のどちらかになる。そうなったときに、あの薬は自我を保ったままグールとして生まれ変われる」

「なるほど、選択肢がどちらかしかない状態で自我を保ったまま生き残れるなら、たいていの奴はグール化を選ぶのだろうな」

「でも、結局の所、自我は保てないよ。薬を飲めばまったくの別人としてグールとして生まれ変わる。知り合いがそれでグール化したからな」

「別人?」

「薬を打った人間は人格が変貌し、冷酷で残忍な性格に生まれ変わる。元の人格なんか残っちゃいない。死んだのと変わらないよ、あれは」

「肉体の死か、人格の死か……どちらも幸せにはなれないな」

「ああ」

「あとは、特殊能力を持っている。ケガの治りが以上に早いから、心臓の部分に形成された核を潰さない限り死なないんだ。人間を超越した能力を持っている」


 異世界帰りの俺が思い出すのは、超回復をスキルとして持つ魔物のトロールだ。


「その時点でもう化け物だな。でも、薬を打ったからって、そこまで人間は変異できるのか?」


 それはもう、人間の科学力を凌駕している。そもそも核ってなんだよ?


「オレにもそれはわからん。でも実際にこの目で何度も見ている」

「そこを疑うわけじゃないが……」


 そもそもこの世界は、ゾンビ化した人間の出現で崩壊している。その時点で、超常現象的な何かが起きているのだろう。


「まあ、問題はそこじゃない。奴らは冷酷非道だ。人間を食糧としている。正確には人間をゾンビ化させてから食べるんだ。そして、その死体をも玩具にして遊ぶ」


 おぞましい想像をする。たしか異世界でも、その手のやからはいたんだよな。魔王軍の配下の知能を持った魔物たちは特にそうである。


「薬の出所はどこなんだ?」

「わからない。北の方との噂だ」


 北か。せっかく理想郷のために北上してるってのに予定が狂いそうだ。


「とりあえず事情はわかった。そのグールとかいう奴らの特徴は他にあるか?」

「特徴? そうだな、全員白髪で肌が白く、瞳が赤色だ。犬歯が発達して牙のよう見える」


 一見、アルビノっぽい人種なのか。


「あとは? 回復以外に特殊な力を使わないのか?」

「特殊な力? 特には聞かないな」

「奴らの武器は?」

「オレたちと変わらないよ。基本的に近接武器だ。いや、銃を持っている奴らも何人かいるって言ってたな」


 うーん、相手がその程度なら楽勝でもあるな。でも、こいつに手の内をさらすことになるけど……どうするか。


 昔、友達だったからといって、今も信用できるとは限らないし……いや、信用できないなら助けるなって話になりそうだが、俺としてはグールが気になる。


「チカホさんは、どこに連れ去られたかわかるのか?」


 こいつは単身で向かっていたのだから、ある程度目処はついているのだろう。


「たぶん」


 その目には確信に近いような力がこもっていた。


「たぶんって、勘でわかるような場所なのか?」

「オレとチカホは何か惹かれるようなものがあってな。お互いにお互いの場所がわかるんだよ。超能力みたいで、おまえには信じられないかもしれないが」


 俺は、後ろにいる小春と道世の顔を見る。すると、何か思い当たったのか、お互いの顔を見合わせていた。


「むっちゃん、ちょっと確かめたいことがある」


 そう言って彼の左手のバイク用グローブを外し、その手の甲を見る。すると、そこには予想通り文字が浮かび上がっていた。


 ラマスカル語で『タンチェ』。日本語に訳すなら『信』、つまり言明をたがえないこと、真実を告げること、約束を守ること、誠実であること等の意味を持つ言葉。


 『信』『忠』『悌』って……。ここまでくると、手の甲に文字を持つ人間が他にあと5人はいそうだな。


 そしてお約束だ。と、文字に触れる。


 視界は暗転。



◇◇◇◇



「サトミ! こっちへ来てくれ、クーリンディアがやられた」


 再び過去の記憶が甦る。そこにいるのは、見慣れた仲間の顔。俺を呼ぶのはヘレンだった。


 これは最初の冒険者パーティーにいた記憶である。治癒魔法をやっと覚えてパーティー内でもそれなりに重宝されるようになってきた頃だった。


「大丈夫ですか」


 ヘレンに呼ばれると、そこには弓使いのクーリンディアがうずくまっていた。


「ちょっとヘマしちまったぜ。治癒魔法を頼む」


 クーリンディアはハーフエルフの弓使い。半分はエルフの血が入っているとあって、たいそうな美少年だ。といって、年齢は俺の10倍くらいはあるが。


「傷は右腕だけですか?」

「ああ、スナイプの最中に敵のアサシンが近づいてきたことに気付かなくてな。利き腕をやられちまった」


 俺は傷口の場所を確認すると、魔法の準備をする。


「わかりました。治癒魔法を発動します」


 この頃はまだ魔法をうまく扱えなくて、短い詠唱で発動させることができなかった。



 ゆえに、現地でよく使われる呪文詠唱を見よう見まねで覚えながら、杖を構えて魔法のイメージを生み出していく。


「大地母神マーヤよ。その命の躍動をもって、刃に倒れし友の傷を――」


 直感が危険を察知する。


 詠唱をすぐに止め、気配のある右の方へと視線を移動する。と、そこには短剣を持ったゴブリンが俺に襲いかかろうとしていた。


「ヤバッ!」


 避けるにしても間に合わない。とっさに手に持っていた聖職者クレリックの杖でぶん殴る。


「グエッ!」


 力任せに叩いたので、ゴブリンは昏倒した。が、その代償として杖が折れてしまう。


「あ……」


 これは、リリア姫が俺の修行のために用意してくれた杖だ。


『魔法の杖は繊細なので扱いに気をつけて下さいね』


 渡されたさいにそう言われた記憶がある。


「……あ、ああ……俺の杖が……」

「大丈夫か? サトミ?」


 壊れた杖を見てかなり落ち込む。けど、それよりクーリンディアの治療をしないと。


「平気です。治癒魔法をもう一度発動させますね」


 頭を切り換えて詠唱を再度始める。


「大地母神マーヤよ。その命の躍動をもって、刃に倒れし友の傷を癒し給え」


 杖が無くても治癒魔法は発動する。だが、杖がないと魔法発動するまでの時間は長くなり、効果も半減する。


 ようは杖が魔法効果をブーストしてくれるのだ。


 それでもクーリンディアの傷はなんとか治る。


「サトミ。すまなかったな」


 壊れた杖を見て彼はそう告げた。


「いえ、魔物の接近に気付かなかった俺も悪いんです」


 自分自身に言い聞かせるようにそう呟く。


「なーに辛気臭い顔してるんだよ!」


 バン! と背中を叩かれて前のめりになりそうになる。


 振り返るとそこには、仲間の一人のバーガスがいた。


 熊のようなひげ面の大男の槍使いである。俺と同じ人間とは思えないほどの怪力の持ち主だ。


「なにするんですか?」

「いやぁ、一匹逃がしたものだから戻ってみたら、ちょうどおまえの杖さばきの技が見られてな」

「杖さばきって……」


 技でもなんでもない脊髄反射の行動なんだが……。


「一撃で倒すとはやるじゃないか」

「大事な杖だったんですよ」


 俺は壊れた杖に再び視線を向ける。


「そういう時は武器を切り替えればいいだろ。おまえ、短剣を持ってなかったか?」

「あんな一瞬で、武器の切り替えができるわけないですよ」

「オレはできるぞ」

「達人のバーガスに言われても」

「あはははは。そうだな。オレも槍の使い始めの頃は、武器の切り替えに苦労してたっけ」

「最初はみんなそうですよ」

「でも、オレはこれで凌いだぜ!」


 バーガスはドヤ顔で右腕の拳を見せる。その手に何か握られているのだろうか?


「マジックアイテムがあるのか?」

「マジックアイテム? いや、ただの拳だが」

「拳? 魔物を殴るってのか?」

「そうだぞ。それが一番手っ取り早い。武器を切り替えなくても攻撃が可能だからな」

「魔物を拳で倒せるのはバーガスくらいだよ。ひ弱な俺には無理だって」

「そうか? おまえも鍛えれば」

「鍛えている暇があるなら、武器の切り替えを練習するよ」

「んー、そうだな。だったらこれをやろう」


 バーガスから渡されたのは金属で作られたナックルダスター。いわゆる鉄拳、別名メリケンサックとも言う。手にはめて相手を殴ることに特化した武器だ。


「これは?」

「ショルツァのナックルって言ってな、使用者の力を10倍以上に替える武具だ」

「バーガスは使わないのか?」

「俺はもともと槍使いだし、ゼロ距離での攻撃なら直接拳を叩き込めばいい。下手にそのアイテムを使うと、敵を遙か彼方へと飛ばしてしまって回収が大変なんだよ」


 そうだよな。バーガスは元々筋力が凄い。こんなアイテムを使ったら、敵が数キロ先まで飛んでいってしまうだろう。


「ははは……魔物の素材回収ができなくなるのか」

「だから、おまえにやるよ。それならアイテムを付けたままで杖も持てるだろ? 近づいてきた敵はそいつでぶん殴ればいい!」


 バーガスはそう言って、がははと笑う。脳筋の傾向が強い仲間だが、豪快で裏表のない性格だった。



◇◇◇◇




「ふせっち、これはなんだ?」


 むっちゃんの手には、俺が異世界に置いてきたショルツァのナックルダスターが装着されていた。


 なるほど、彼も小春たちと同じ俺の仲間ということ。そして、むっちゃんの話が本当なら、チカホという女性にも同じ力があるのだろう。


「むっちゃん、目的地へと向かいながら話そう」



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