第28話 グリフォン
成田街道を北東へと向かう。
大洗までの道のりは未だ遠い。
旅もまだ序盤だというのに途中で道世が加わって人数が増え、さらに雨とホードでだいぶ足止めを食らっている。
それほど急いでいないとはいえ、スローペースすぎるか。
歩きながら、もう一度ルートを確認するため地図を開いた。
「紙の地図をこんなに活用するのは小学校以来ですよ」
「俺はいちおう、異世界で羊皮紙の地図を使っていたからな」
「先輩のは特殊な事例ですよね。ミッチーはどう?」
小春が隣を歩く道世に急に話を振るものだから、少しテンパったような答えが返ってくる。
「わ、我の精神はジャミングを受けて、地形と方位を把握できぬ」
つまり、方向音痴ということね。いちいち中二病用語の変換は面倒だぞ。とりあえずスルーしよう。
「車があれば常磐自動車道に出るのが一番なんだけどな」
「先輩、高速だと歩きの利点を活かせませんよ」
「そうだな。下道みたいに街に沿ってないから物資の調達が大変だ」
高速はサービスエリアやパーキングエリアが数十キロおきにあるけど、歩きとなるとかなりキツい。
「下道でも、ある程度大通りを行かないと迷いそうですけどね」
「スマホがないからマップどころか、方位磁針のアプリも使えない。やっぱりホームセンターで方位磁石を見つけておくべきだったか」
「でも、あれって、どこらへんの売り場に置いてあるんですかね?」
見つけるのが面倒そうだな。そういや、方位磁針なんて山登りでもしない限り、必要としないからな。
「とりあえず、このまま北東に進めば佐倉経由で成田に着く。まあ、大通り行こうとするとちょっと遠回りになるが」
「主。成田までどれくらいかかるのですか?」
道世のその質問にどう答えようか迷ったが、きっちり答える必要もないと、考えたままを告げる。
「そうだなぁ、40キロくらいあるだろうから、歩き通しで9時間くらいか」
その答えを聞いた小春が、俺にこんな提案をしてくる。
「先輩。思ったんですけど、グリちゃんの背中に乗ればもっと早く着くのでは?」
グリちゃんというのは、小春が昨日テイムしたグリフォンに名付けた安直な名前だ。
そうか、グリフォンは元の大きさに戻せば3メートル近くはあるし、空からなら一直線に向かえる。
「よし、許可しよう」
「グリちゃん、そこに降りて」
小春は肩から地面へとグリフォンを降ろすと、呪文を唱える。
「リバート」
英語の直訳はトリガーとしては優秀だ。日本語で「元に戻して」だと言葉の響きが停滞して、イメージが曇る。まあ、それでも道世の中二病を極めたみたいな言葉なら魔法の発動にも影響ないが……いや、あいつの場合は長すぎて影響あったわ。
グリフォンが大きくなると、小春が側に行き、その頭を撫でる。「ぴぃぃぃ」と嬉しそうに鳴くのを確認すると彼女は、俺たちにこう告げた。
「先輩。乗って下さい」
俺は恐る恐るグリフォンの背中に乗る。といっても、背中はライオンそのもの。4足歩行の生物なので、わりと背中は平らで乗りやすいかも。
「ミッチーも乗って」
「失礼します」
道世が俺の後ろへと乗る。背中がそんなに広くないので、俺にべったりとくっつく形になる。
何かやわらかいものが当たるような気もするが……。
「わたしも乗りますね」
といって、今度は俺の前へと小春が乗ってくる。
女の子二人に前後から挟まれているような形だ。
「ピピピピピ!」
グリフォンがばさばさとその場で羽ばたきながら、苦しそうに鳴いた。なかなか飛び上がることはできなさそうだ。
「あ、重量オーバーみたいです」
空路での成田行きは無理ということらしい。
「我から降りますね」
道世が降りると、グリフォンが鳴き出す。
「ピィイイイ!」
「これなら飛べるそうですけど」
そう小春が説明してくれる。そういや、テイマーはテイムした魔物の言葉がわかるんだったな。
「試しに飛んでみようか」
「はい、先輩。飛んで、グリちゃん」
小春のその命令で一気に上空へと飛び上がる。
今日は天気もいいし、爽快な気分だった。
「気持ちいいですね」
「怖くないのか?」
「グリちゃんを信頼してますし、それに、落ちてもわたしの指輪は自動防御がかかるんですよね?」
「そういやそうだな」
しばらく上空を旋回していると、小春が指を差す。
「そういや、あのだだっ広い広場はなんですかね」
それは全長2キロくらいはある公園……いや、公園とは違った異質の場所だった。
千葉とはいえ、習志野辺りはそんなに田舎ではない。畑や野原は少なく、ほとんど住宅地なはずである。
俺はポケットに入っていた地図を取りだして見た。
「なるほど、わかったぞ」
「なんですか?」
「陸自の演習場だそうだ。そういや、近くに駐屯地があったな」
陸上自衛隊の習志野駐屯地は、そこそこ有名な場所だ。
「はえー。けっこう大きいんですね」
「近くに寄れるか?」
俺は小春にそう聞く。この鳥を操っているのは彼女なのだから。
「あ、はい。グリちゃん。あそこの広場の方に行って」
「ぴぃいいい!」
そう鳴いて、演習場の方へと向かう。
だが、まったく人の気配がなかった。
「自衛隊の装備があれば、ゾンビなんか余裕でやっつけられるのにな」
ゾンビは頭部を破壊すれば簡単に倒せる。銃火器を持っている自衛隊員であれば、ここらへん一帯のゾンビも倒せるだろう。
「ホードでやられちゃったとか?」
「むしろ、そっちの方が専門だろ。波状攻撃しかけられたくらいで、簡単にやられはしないって」
演習場や近くの駐屯地は、建物の一部が破壊されることなく綺麗なままだ。ホードでゾンビたちに襲われたとは思えなかった。
「建物が綺麗な状態であれば、ここにシェルターを作ればよかったのに」
「まあ、軍事機密とかあるし、一般人は入れられなかったんだろ。それ以前に、何かがあって放棄されたかもしれないが」
駐屯地や演習場を一通り見回ったが、車両の類は一切見当たらない。陸上自衛隊であるのだから、戦闘車両がいくつかあってもおかしくないのだが、それらはまったく確認できなかった。
「だとしたら、自衛隊の人たちは生きているんですよね? どこに行ったんでしょう? あまり噂を聞きませんが」
「それは俺に聞かれてもわからないな。こちらの世界でのブランクが1年近くもあるんだから」
「そうでしたね」
オレたちは再び上空へとあがり、目的地までの地理を改めて把握する。
「道はそれほど入り組んではいないが、遠いな」
俺は成田までの道筋を確認し、ため息を吐く
「二人だけなら飛んでいけたのに、残念ですね」
「道世を置いていくのもかわいそうだろ」
「あはは。そうですね。そろそろ降りますか」
「ああ」
「グリちゃん、真下に降りて」
俺たちはそうして無事に地上に戻ってくる。すると、興奮した道世が近づいてきた。
「はぁああああ、グリちゃん、格好いい。我も、我にも眷属が欲しいデス」
「残念だが、おまえの指輪は攻撃魔法だけだからな。テイムは付いてないんだよ」
「はうぅう、残念デス」
「小春は攻撃力が皆無だから、テイムした魔物に代理で戦ってもらうのにいいだろうし、適材適所だよな」
「まあ、適当に頑張ります」
と雑に返事をする小春だった。
「とりあえず、徒歩での移動は変わらないからな。そっちも頑張ろう」
「我らは、今日中に成田に着く予定ですか?」
「いや。途中で食糧調達とか、シェルターの人たちとの物々交換用の物資を見つけなきゃいけないからな」
「どこかで休憩をとりますよね。先輩」
「頑張れば一日で尽きそうだけど、そこまで急ぐ必要もないし、途中で休みながらのんびり行こうぜ」
俺たちは、再び歩き出した。
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