第26話 魔力共有
作戦は順調に進んでいた。
動けなくなったゾンビたちで階段内は溢れかえっている。動けはしないが、後ろの方から押されるような感じで、ゾンビたちは近づいてきていた。
「トコロテンみたいだな」
「
実際はトコロテンよりもグロテスクで、あんまり直視したいものではない。
「小春。聞こえるか? 外のゾンビはどうなってる?」
俺はトランシーバーにそう問いかける。
「えっと、まだ2割くらい残ってますかね。たぶん、300体くらいです」
それくらいなら、逃げることも可能か。
「道世。撤退準備だ。ガソリンを――」
俺がそう指示をした時だった。
「せ、せ、先輩! 大変です。屋上に化け物が」
まさか別経路で屋上にゾンビが? いや、階段以外に屋上へ上る手段はないはずなんだが……。
「道世はここで待機。隙間から階段を上ってきそうなゾンビがいたら足止めしておいてくれ。いざという時は攻撃魔法を許可する」
「御意」
俺は急いで屋上への扉を開ける。すると、そこには本当に化け物がいた。
上空に浮かぶ2つの影。
一つは赤い月と重なって、くっきりとシルエットが見える。
それは、ゾンビではなく空を飛ぶ3メートルほどの物体。鷲の頭を持ち、獅子の身体を持つ魔物だ。
異世界では見慣れた存在。だが、こちらの世界では居てはいけないもの。
「先輩。あの鳥の化け物って『グリフォン』ですよね?」
「そうだな。異世界ではよく見た『グリフォン』ではあるけど……というか、小春はあの手の化け物を見るのは初めてか?」
「はい。この世界でモンスターの
どういうことだ? ゾンビでさえ、この世界では異常なことだってのに、それ以外の魔物が現れ始めているだと?
「ははは……想定外のことが起こるってのはわかってはいたが、これはちょっとズルいな」
俺はあまりの事実に苦笑しながらも状況を整理する。
グリフォンたちは高度を下げ、一匹は右隣のビル、もう一匹は左隣のビルの屋上へと降り立った。なにやらこちらの様子を窺っている。
これでジップラインを使った逃げ道は完全に塞がれた。しかもグリフォンは炎属性の魔法に耐性があるんだよな。ファイアーボールじゃ火力が弱いというか、属性の相性が悪すぎる。
「主、ガソリンはどうします?」
道世の声が、小春の持っているトランシーバー越しに聞こえてくる。俺はそれを取ると、こう返答をする。
「とりあえず、踊り場の所に置いて外に出ろ。扉は開けておいていいぞ」
もう一度グリフォンたちを見る。こちらをじっと見つめているが、すぐに攻撃してくるような気配はなかった。
作戦通りには進められなかったが、これもまた一興。気持ちを切り替えて皆に告げる。
「『プランZ』に変更だ」
「えーと、そのプラン。聞いてないんですけど」
小春がぽかんとした顔で聞いてくる。
「そうだな。最終手段として考えてたことなんだよ。ただし、成功率はかなり低いぞ」
さすがにグリフォン襲来までは予測がつきようがないからな。
「しかたないですね。このままゾンビと心中するとか、あの鳥の化け物の胃袋に入るよりはマシですか。先輩の最終手段に賭けます」
「ありがとな、小春」
そう言って彼女に微笑みかける。信用してくれたことのお礼として無意識に行ったつもりだ。異世界での俺は、素直に感謝することにしていたから、普通の行動だ。
「……ずるいですよ」
小春の顔が赤くなる。え? 何が?
それを確認する間もなく道世が合流してくる。
「
「とりあえず三人で輪になって手を繋ぐんだ」
その状態って、屋上でUFOでも呼ぶかのような怪しい儀式に見えるな。
「どういう効果があるんですか? 主」
道世が不思議そうに聞いてくる。小春は一度経験しているから理解はしているようだ。
「これで3人の魔力の共有ができる」
単純に3人分もの大量の魔力が一気に使えることになる。
「共有してどうするんですか? 主」
小春の知らない情報もあるから、道世への説明ついでに話しておくか。
「大量の魔力を使うことで、既存の魔法をさらにパワーアップさせることができる。今は火の玉をぶつける程度だけど、3人分の魔力でアグニの指輪の魔法を使えば、ソーサラーが使う大魔法のファイアーストームが使えるんだ」
「ファイアーストーム……なんだか凄そうですね。主」
「炎の嵐でこのマンションごと炎で包み込むこともできる。ガソリン缶の爆炎効果と合わせれば相当なダメージをゾンビたちに与えられるはずだ」
「なるほど。でも、わたしたちはどうなるんですか? 逃げられないとその炎に耐えられないんじゃ?」
小春が疑問に思ったであろうことを質問してくる。
「それプラス、同時に小春の指輪の力で防御魔法を発生させる。3人分の魔力なら、3人を守れる大きさのフィールドを作れるはずだ。物理だけじゃなく熱にも強いから火の中も平気だ」
その言葉に、小春が不安そうに問いかける。
「えっと、わたしたち大丈夫ですよね?」
「最悪、マンションが崩壊するかもしれないけど、防御フィールドは1時間くらい持つから、その間になんとかすればいい」
「グリフォンはどうするんですか? 先輩」
「マンションが崩壊して瓦礫に埋もれればグリフォンたちからも隠れられるし、俺たちに興味を無くすだろう。そもそも俺たちを殺したいのであれば、とっくに攻撃を仕掛けてきてるはずだからな」
プランZは最終手段すぎて、なんとかなるだろう程度のプランだ。神聖魔法が使えないのがやっぱりキツいな。
「その魔力共有って大丈夫なんですか?
今度は道世が不安そうに聞いてくる。
「異世界ではパーティーメンバーとよくやってたぞ。俺は慣れてるから大丈夫だよ」
「そうではなくて……その、そもそも我にも魔力って存在しているのでしょうか?」
「さっき説明しただろ? 魔力があるから、道世の指輪は魔法を発動できる。その気になればアイテムなしで魔法を行使することもできるようになるぞ」
「わ、我にも魔法を覚えることができるのですか?」
「魔力を体内に取り込めている人間なら、それは理論的に可能なはずだ」
俺のその答えにめちゃくちゃテンションの上がる道世。
「おほおおおお!」
まあ、その気持ちはわからないではない。実際に魔法が使えるのなら、それは中二病ではなく本物の魔法使いなのだから。
とはいえ、このまま道世に付き合っていても仕方が無い。とりあえず今は目の前の問題をクリアしよう。
「じゃあ、あのグリフォンたちが襲ってこないうちに始めるぞ」
「はい」
「御意!」
三人で手を繋ぎ、異世界にいた頃によくやった魔力の共有を始めた。
相手と魔力の流れを同期し、それが一体になるように感覚を高める。
あとは、指輪の魔法回路に干渉して、この一体化した魔力を注ぎ込めば……。
あれ? なんだこれは? 俺が持ってたアイテムではないのか? 知らないぞ、こんな魔法回路は。
『ExtremeInferno』
俺は炎系の魔法に『インフェルノ』なんて名前を付けてイメージ化したことなんてないのに。
頭の中でその魔法回路へと触れる。
繋がった回路に魔力が流れていった。これはマズイ、放出先を定めないと。
とりあえず右側のグリフォンかな?
炎系だから相手にも耐性はあるとは思うが、この状態から発動を止めることはできない。
「エクストリームインフェルノ」
道世の声が頭の中に響き、魔法が発射される。それは右にいるグリフォンの身体を貫き、その軌跡は空の彼方へと消えていった。そこの部分だけぽっかりと雲が消え、赤では無い黒い夜空が窺える。
そして、隣のビルに残るは一瞬で黒焦げとなったグリフォンの死体。
「あれ? やっつけちゃったぞ」
と思って手のひらを見て、違和感を抱く。
「小春? 道世?」
二人がいなくなっている。どこに行った?
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