第25話 拠点防衛
21時45分に目覚まし時計のアラーム音が鳴り響く。
「そろそろ時間だな」
俺は寝起きはいい方だが、小春と道世が半分寝ぼけている。
「せんぱい、朝ですか?」
目を擦りながら、のそりと起き上がる小春。
「おまえ、緊張感ないな?」
隣を見ると道世が寝息をまだ立てている。身体を揺するが起きようとはしない。
「あと五分、あと五分寝かせて」
布団を被って寝ぼけていた。
「俺は、おまえのかーちゃんじゃないぞ」
なんとか二人を目覚めさせ、屋上へと向かう。
「ほんとに空が赤いんだな」
屋上の扉を開けた瞬間の俺の感想だった。それ以上でも以下でもない。
夜なのに赤みがかった空、そして赤く輝く月。
夕焼けの『あの赤』とは違う不気味な雰囲気だ。
「どうか『この拠点』がゾンビに襲われませんように。もう一度わたしに睡眠を」
小春は目の前で手を組んで祈るようにそう呟く。うん、二度寝したい方が優先なんだな。
「主! あれを」
道世が南西の方角を指してそう叫ぶ。
そこには、ゾンビの集団がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「ここらへんに他のシェルターはなかったよな?」
俺は確認のために小春に聞く。
「ありませんね。300mどころか、1キロ範囲の中にシェルターはないと思いますよ。資材を集めに周辺は調べたじゃないですか」
「だったら、やつらはここに向かっているってことになる。
「ついてないなぁ。わたし『ホード』はこれで3回目なんですよね」
そういえば、小春は運がない人間だった。
「3回目ってことは1回目も2回目も確実に生き残ったんだろ? それはそれで凄いと思うぜ」
遠目に見ても、かなりの数がこちらへと向かっていた。この大軍に襲われて生き残るだけでも大したものだ。
「主! 我もホードを生き残りし者です」
道世が片手を胸に当てながら、なんか格好つけてる。まあ、おまえも大したものだ。
「ランダムだって言われてるのに、ホードの経験者が二人もいるんだよなぁ。だったら、ホードをやり過ごすコツでも教えてもらえないものかな?」
ちょっと嫌味っぽく聞いてみる。
「……」
「……」
二人とも黙ってしまった。まあ、そうだろうな。
「え? おまえら、生き残ったんだろ? なんかコツとかないのか?」
「……」
「……」
二人とも目を逸らしてしまう。まあ、今更答えなんか求めてない。
単純に運が良かったのだろう。この子たちは。
まあ、いいか。俺は今回の作戦を改めて二人に告げる。
「作戦の確認だ。とりあえず、ゾンビたちが入ってきたら俺が
前日に打ち合わせしたが、聞き漏らしがあった場合に備えての確認だ。
「全員一気にお帰りいただけるとありがたいんですけどね。先輩」
「まあ、ダメなら屋上の手前の階段の踊り場で迎撃だ。そのためのトラップも仕掛けてある。その時は道世にも協力してもらう手筈だ」
「
「攻撃魔法はいざという時のために温存しておく」
「メインは弓矢ですね。我の秘められし力の使い所ですね」
こんなふざけた言い方ではあるが。道世はわりと弓の腕が良かった。弓道部でも入っていたのかな?
「矢が無くなったら投石に切り替える。こっちも問題ないだろ」
投石といっても、石をそのまま投げるのではなく、投石紐を使った殺傷性の高い方法をとる。
これも道世は難なく扱うことができた。小春と違って戦闘面は頼りになる相棒でもある。
「はい、主」
「階段だから一本道に近い、下から少数でしか上って来れないから、それを一体一体確実に戦闘不能にしていけばいい」
「御意! 敵を殲滅します」
やる気だけはあるのは評価するが、こういう力が入っている場合は状況が把握できなくなる場合が多いんだよな。
「ゲームじゃないから、何体ゾンビを倒してもスコアは伸びないぞ。それよりも、危なくなったら後退すること。いいか」
「主の言葉、しっかりと心に留めておきます」
わかってるのかなぁ?
「よし、配置に付け」
小春は屋上の端に行き、双眼鏡を構える。道世は、その反対側を監視する。
しばらくすると小春と道世から声が上がる。
「先輩、南側からゾンビたちが入ってきました。バリケードも破ってきてます」
「主、北側からも同様です。たぶん、100体以上は中に入ってきてます」
「了解」
俺は念のため、この屋上の中心位置に移動し魔法を発動させる。
「
違和感が。というか、魔法が発動していない。
「
まただ。俺のイメージが魔法を発動させるトリガーになっていないのか?
「
違う。ゾンビたちに魔法が効かないのではなく、神聖魔法のイメージに魔力が反応しないのだ。
「先輩、どうしたんですか?」
小春が心配そうに駆け寄ってきた。
「魔法が発動しないんだよ。けど、昼に食糧を調達するために入ったスーパーでは使えたよな?」
あれは、
「ええ、たしかに昼は使えていましたね。魔力切れですか?」
「いや、魔力は切れていないはずだ。魔力切れは体力切れと同じだから感覚でわかる」
「じゃあ、何が原因……まさか、このホードの空気? この赤い空が魔法を阻害しているとか?」
なるほど、それが原因の可能性もあるのか。
「インフェルノ」
道世が、屋上から下にいるゾンビに向かって魔法を打つ。当たったゾンビは燃え上がって灰になった。
「あれ? おまえは使えるのか? マジックアイテムだからか?」
いちおう試してみるか。俺は南側の端へと行く。
「
道世に倣って、下にいるゾンビに魔法を打った。きちんと魔法は発動し、ゾンビは灰になっていく。
ということは、まさか?
「
発動しない……となると。
「先輩。もしかして、神聖魔法系がダメになっているのでは?」
「ああ、そういうことだな。小春、おまえの物理防御はどうなってるんだ」
「え?」
「悪いが試させてもらう。痛かったらごめんな」
小春にそう言ってデコピンをする。
「……痛くありません。指輪の力は効いてますね」
そうだな。指輪の防御魔法は、一般物理防御魔法だ。俺のは神聖魔法だから、
「作戦変更だ。小春。『プランC』で行く。退路を確保しといてくれ」
「え、マジですか?」
「道世は一緒に来い!」
「は、はい!」
俺は道世とともに、最上階の拠点の部屋に戻ると、そこに置いてあったガソリン缶を一缶ずつ二人で持っていく。これは、昨日車から抜き取ったものだ。
「とりあえず、非常口の扉の手前に置いておけ。これは後で使うから」
「わかりました」
俺たちは再び屋上まで上がると、外には出ず、その手前の踊り場でゾンビたちを迎えることにする。
下の方でぐちゃぐちゃと気持ち悪い音が聞こえてきた。トラップに引っかかって速度が緩んだ感じか。まあ、これで押し寄せてきたとしても、時間稼ぎにはなる。
「道世、迎撃用意だ」
「御意!」
弓矢と矢筒を持ち、それぞれの持ち場に着く。
「昨日も言ったが、狙うのは足の部分だ。倒す必要はない」
「なぜですか?」
やっぱ聞いてなかったか。
「そもそも、千体以上のゾンビを遠隔攻撃だけで倒すのは不可能だ」
その前に矢や石が尽きるだろう。
「あのガソリンを使うってことですよね?」
まとめて燃やすってのはよくある手だ。
「ああ、だが、奴らを一網打尽にするためには、ちょっとした工夫が必要だ」
「工夫ですか」
「やつらはとんでもない数で押し寄せてくる。だが、俺たちに続くルートはこの階段だけだ。そんな状態で、先頭の奴が動けなくなったらどうなる?」
「なるほど、進めなくなりますね」
「でも、やつらは前へ前と進むだけしか脳の無いゾンビだ。動かない奴が居てもそれを乗り越えていくだろう」
「おぞましいですね」
「それを、俺たちが地道に攻撃して動けなくする。と、どうなる?」
「ゾンビだらけで詰まってしまいますね」
「このマンションの中に大量のゾンビがなだれ込むが、階段で詰まってしまうわけだ。ある程度、外に居るゾンビがマンションに突入した時点で、ガソリン缶を階段下に投げる」
うまく行けば、ガソリンの
「
「タイミングが難しいが、俺たちは点火と同時にジップラインで隣のビルへと逃げ込む」
高所恐怖症の小春は、このプランを嫌がってはいたが。
「わかりました。さすが師匠ですね」
「昨日、説明はしたんだけどな。おまえ、寝てたからなぁ」
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