第24話 高校時代の二人
マンションの入り口はバリケードで固める。
もし、ゾンビが襲って来るなら、非常階段を使って最上階である俺たちの部屋に来るだろう。だから、そのルートにトラップを設置する。
といっても、俺たちも非常階段を利用するので完全に封鎖したり殺傷性の強い罠を張るのではなく、ゾンビの足止めができるような有刺鉄線の配置していく。
あいつら、地面とか床の状態なんかお構いなしに、進んでくるからな。これにひっかかって行動がさらにゆっくりになれば対処もしやすい。
というか、対魔効果のある
「階段の罠の設置は終わりましたけど、これ、明日の朝、ここを出発する前に片付けないといけないから面倒ですよね」
出入り口と通路にびっしりとワナを仕掛けたからな。それが無傷で残るようなら、今度は俺たちが外へ出る障害となる。でも、実は簡単な裏ワザでそれは問題でなくなる。
「片付ける必要はないだろ? 小春は指輪があるから、最上階から飛び降りても平気だぞ」
「……そうなんですか?」
「俺と道世にも
「めちゃくちゃ雑な方法ですね」
小春が納得のいかない顔をしている。
「効率はいいと思うが」
「そういや、先輩。効率厨でしたね」
そうでもないぞ。これだけ準備して、『ホード』でゾンビが来なければ全くの無駄なんだからな。
「22時開始っていってたけど、あの知能のないようなゾンビが時計をきちんと見てるのか?」
「知りませんよ。でも、ホードの日は22時になると空も月も赤くなって雰囲気が変わりますから、知能なんてなくてもわかりますって」
「ま、いっか。わりと時間がかかったけど、日没前には準備できたから、休憩に入ろう」「御意です」
「今、何時だ」
「16時半くらいですけど」
「早めに夕食を摂って、仮眠しておきますか」
「そうだな。いちど22時前に起きて、何もなければ二度寝だ」
それから俺たちは、時間まで休むことにする。
**
夢を見る。
これは、俺が高校に通っていた時の記憶でもあった。
「ねぇねぇ、聞いた? 野良猫が学校に住み着いたって話」
「知ってる。その猫を見て餌付けすると、一日ラッキーだって噂もあるよ」
「あたし知ってる。幸運のミケでしょ?」
「そうなんだぁ。じゃあ、見つけないとね」
昼休みの中庭。近くで女の子たちの会話が聞こえてくる。ベンチに座って、友達同士でお弁当を食べながら世間話に花を咲かせていた。
俺はというと、その向かいのベンチで一人、ぼっち飯を食べている。まあ、ただの購買の総菜パンなのだけど。
暇なので女子達の話に耳を傾ける。まあ、立ち聞きなんてゲスな趣味があるわけではなく、あくまで創作のためのネタになるのではないかという理由だった。
女の子たちは前の時間の授業が体育だったのか、全員ジャージを着たまま。さらに、うちの学校はジャージの色によって学年が変わるため、彼女たちが1年生であることがわかる。
「あ! あれ、そうじゃない?」
「え?」
「うそ。幸運のミケだ」
女の子たちの視線の方向には、一匹の三毛猫がいた。匂いにつられてなのだろうか、猫は彼女たちの所へと近づいていく。
「餌付けするんでしょ?」
「何あげようか?」
「猫って何食べるんだっけ?」
「肉食でしょ、猫って」
「じゃあ、あたしのおかずのハンバーグをあげよう」
一人の女の子が、弁当箱の中に入っているおかずを一つ手で取りだして、猫の方に差し出す。
あれ? これマズイやつじゃ?
俺は咄嗟に立ち上がる。
だが、その時、聞き覚えのある声がしてきた。
「ダメだよ。大野さん。ハンバーグなんかあげちゃ」
それは、後輩の八田小春だった。
「は? 何言ってるの?」
「あっ! 八田のせいで猫が逃げちゃったじゃない」
そう。彼女が間に入ったせいで、警戒した猫がどこかへと走り去ってしまったのだ。
「いやいやいや、ハンバーグを猫にあげるなんて非常識でしょ」
八田は物怖じせずに女の子たちに向かって説教をかます。
「はあ!? 猫って肉食なんでしょ? ハンバーグなんて肉の塊じゃん」
「肉だけじゃないよ。ハンバーグはタマネギが入っている。猫に食べさせちゃダメなんだよ」
「タマネギくらいいいじゃん。それとも、わたしのお弁当に毒でも入っているっていうの?」
「いや、毒でしょ」
「はあ? あんた、人の弁当にケチ付けるの?」
無知は愚かだ。自分が何が間違っているのかさえ、気づけていない。
「タマネギは猫に食べさせちゃいけないんだよ」
「なんで? 理由は?」
「そ……それは、おじいちゃんが言ってたから」
八田の声がトーンダウンする。
「あはは」
「おじいちゃんが言ってただって」
「うける! 八田っておじいちゃんっ子なんだ」
「……」
八田は何も言い返せなくなっている。まったく、詰めの甘い子だ。部活の後輩でなければ口を出さないつもりだったが、彼女に対しても言いたいことがある。
だから、ここは積極的に干渉するか。
「そこの一年。おまえら全員バカだな。タマネギには硫黄の一種である『有機チオ硫酸化合物』が含まれる。この物質のせいで猫は中毒を起こすんだよ」
「……」
「……」
「……」
俺の言葉で、八田を笑っていた奴らの声が止まる。
「あの猫は、ノラっぽいけど、誰かに飼われている可能性もあるよな。ということは、タマネギを食わせてあの猫が体調を崩した場合、おまえらは器物損壊と動物愛護法違反になるわけだ」
「……あの猫、首輪なんかついてなかったし」
そういう問題じゃないんだけどな。
「外飼いの場合、首輪は危険なんだよ。リードのついていない猫は、狭い通路や障害物のある場所を通る。そこに首輪が引っかかって命に関わることも多い。つけない飼い主は多いぞ」
「でも、みんな餌をあげてたんじゃないの?」
「だから何? おまえらが犯罪を犯そうとしていたのと関係があるのか?」
「……」
「……」
「……」
1年生の女の子たちは、無言で弁当を仕舞うと、どこかへと逃げるように去って行く。
残されたのは俺と小春だった。
「先輩。バカっていいましたね」
そうだな。全員バカって言ったよ。
「本当のことじゃないのか?」
「ひどいですよね。先輩」
「別に、いい人ぶる必要ないしな」
「本当だったら、助けてくれたお礼を言うんでしょうけど……なんか、素直にお礼なんか言えないですね」
むすっとした顔で、こちらを見ている小春。
「お礼? 俺はバカがいるのがムカついたから干渉しただけ」
「また、バカって言った」
「バカって言われたくなければもっと勉強しろ。おまえも創作するんだよな? 間違った知識を読者に披露する気か? それとも論理性もない、ポエミーな作品でも書く気か?」
「あー、なんかムカつきますね」
彼女は苛ついた顔を収める気はないようだ。
「せいぜい読める作品を書いてこいよ」
それは夢……というより、懐かしい記憶だ。
そう、小春とはそこまで仲良くなかったし、過去の俺はイキった勘違い野郎であった。
だから、あいつが俺の事を嫌う理由はよくわかる。
それゆえに、なぜ小春は俺と行動を共にするのかがよくわからない。
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